2009年3月11日 (水)

最後の卒業式

今日はリョウヘイの卒業式でした。
療育センターも、小学校も、中学校も、卒業のときは泣けたけど、今日は学生生活最後の卒業式ということもあって、感慨もひとしおでした。

卒業証書授与のときは、卒業証書落っことしたりして、「はぁやっぱり」って感じで笑っていたのですが、PTA会長さんのお話になったらもうダメ。会長さんは私たちと同じ卒業生の親なので、もう話の最初から泣いてるんだもん。それで親たち一気にもらい泣きです。
現在のことだけ考えるなら全然泣きたくもならないんだけど、昔のことを思い出すから泣けちゃうんですよね。
なんだかおかしいなぁ、この子・・・と思い始めたころのこと。
自閉症です、と宣告されたときのこと。
普通の子を見るたびに、どうしてうちだけ・・・と悲観してしまったころのこと。
ギャーギャー騒いでよその人にじっと見られてしまうときのこと。
何度も何度も教えても、簡単なことができなくて落ち込んだときのこと・・・。

でも、その分、楽しかったこともいっぱいありました。
赤ちゃんのときはホントに愛想がよくてニコニコかわいくて。
障害児とわかってからも、何かができるようになるとどんな小さなことでも嬉しくて。
言葉もしゃべれないのに、突然まさやんの歌をはっきりと歌い出したり。
お友だちといっしょに楽しそうに笑っていたり。

障害児の親なら誰でも、子どもに対して「こんなふうに産んじゃって、ごめんね」と思ったことがあると思います。
私もそうです。
でも、ここ3年ぐらいのリョウヘイは、「そんなことないよ!けっこう楽しくやってるよ!」と言ってくれているかのようでした。
こんなことができるんだ!私より全然じょうずじゃん!と、たくさんの発見がありました。
もちろん「こういうトコ課題だよね・・・」というところもたくさんありますが、それよりも嬉しい発見のほうが断然多かった気がします。
今日も、突然サンダルをつっかけてダーッと家の外に走り出たので「どこへ行くのっ!?」とビックリしたのですが、塾に行くモエが携帯を忘れたのに気がついて、モエを追いかけて渡しに行ったのでした。何かができるようになるということだけじゃなく、そういう気持ちも育っているということに感動しました。
普通の子よりゆっくりかもしれないけど、確実に成長してるんだな・・・と実感しています。
そして、やっぱり本人と親のがんばりだけじゃここまで来られなかった。たくさんの人に支えてもらったこと、本当に感謝の気持ちでいっぱいです。

この子たちは意地悪とかズルいことを知らなくて、本当に優しいのです。
今日の卒業式の途中、リョウヘイの隣りに座っていたYクンがワァワァと泣いていました。Yクンはいつもニコニコしていておとなしく、騒いでいるところなんて見たことがなかったので、どうしたんだろう?と思っていたら、お母さんが泣いていたから心配でたまらなくて、自分も泣いていたと言うのです。そして隣りに座っていたリョウヘイも、泣いているYクンのことを心配そうになだめようとしていました。

こんな純粋な愛すべき子どもたち。
4月からは社会に出て働きます。今までより大変なこともたくさんあるかもしれないけど、でも、元気でいてくれたらそれだけでいい。ママはいつでも応援してるから!
リョウヘイは近くの作業所で調理の仕事をします。まさやんみたいなお料理上手になって、ママのかわりにごはん作ってくれるようになるといいなぁ。

今日は涙、涙、の母たちでしたが、この母たち実に切り替えが早い。
帰り、しょんぼりしているママに「しんみりしてるね」と言ったら、「違うよぉ。明日から4月1日までずっとこの子が家にいるんだよ・・・?」だって。
そ、そうだった・・・・・。
リョウヘイがいるんじゃ、安心して遊びに行けないじゃん・・・!
そりゃ感激もフッ飛ぶかも・・・?






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2008年12月27日 (土)

リョウヘイ君倒れる、の巻

先日ちょっと書きましたが、このあいだの日曜日、リョウヘイがラーメン屋さんで倒れて救急車で病院に運ばれました。

最初はあんまり食欲ないのかな?ぐらいだったのですが、どうも様子がいつもと違う。何がどうというのではないけど、なんか違う。てっちゃんに「リョウヘイなんか調子悪そうじゃない?」と言っても「そんなことないだろ?大丈夫だよ」って言うけど・・・
すると嘔吐しそうな雰囲気になったのでさすがにてっちゃんも「ちょっとトイレに連れてく」と言って歩かせたら・・・いきなり、バターン!と前のめりに倒れて・・・。
店長さんがすぐに救急車を呼んでくれました。そのときのリョウヘイは、もう目もうつろな感じで、顔色も真っ青でしたが、なにしろいきなり手もつかずに倒れたので顎を強打して切ってしまい、血がたくさん出ていて、意識がもうろうとする中でもそれが気になるらしく、さかんに手で顎をこすっていました。そうそう、前歯も2本折れちゃってさ。それが一番悲しかったかも。

救急車で、いつもお世話になっているS大学病院に運んでもらい、全身をチェック。CTをとって整形外科と脳外科の先生に見てもらったところ、骨や脳には異常なしとのこと。ただ顎を縫ってもらわなくてはならず・・・。でもリョウヘイは何が起きているのかわからないので、おとなしくしていられなさそう。そこで、タオルケットでぐるぐる巻きにして手足が動かないようにしてから、麻酔の注射を打って縫ってもらいました。「何をするんだ~」って言ってウケてました(笑)。ホント、お手数かけます・・・。そのあと発作止めの点滴打って、倒れてから4時間ぐらいたってやっと家に帰りました。
専門の先生はいなかったけど、おそらくてんかんの発作だろうとのこと。

自閉症の約7割の人に「てんかん波」が見られるそうです。てんかん波はあっても発作を起こさない人もいますが、リョウヘイは5歳のときに初めて発作を起こしました。リョウヘイの発作は、バタンと倒れたり痙攣を起こしたりするというものではなくて、顔色が悪くなって突然寝てしまうというタイプの発作でした。そのときからリョウヘイの服薬生活が始まりました。自閉症の子は薬を飲み忘れることが絶対ないからそれは便利。それでもその後7~8回発作を起こしたでしょうか。
18歳ぐらいになったらてんかん波がなくなって、薬も飲まなくてよくなる人が多いと言われています。リョウヘイも、ここのところ発作も全然なくて、脳波がきれいになっていたので、薬の量を徐々に減らしている最中の出来事でした。

今回のような突然倒れてしまう発作は初めてだったので、本当にビックリしたし、モエはわぁわぁ泣くし、お店は大騒ぎになるし、私もかなり動揺しました。
でもこんなとき、やっぱり父親より母親だなぁ~って、我ながら思いましたわ・・・。だっていつもはなんでもてっちゃんに頼りっぱなしのこの私が、すごくテキパキしてたもん。子どもの具合が悪いのもなんとなくわかるしね。でも具合悪そうとわかっていながら、それが生かされなかったのが悔やまれます。
それにしても、お店の店員さんやお客さんがみんな優しくて感動しました。あとでお店にお詫びとお礼に行ったら覚えていてくれたみたいで、みなさん出て来て「もう大丈夫ですか?」って言ってくれました。つらいときこそ、人の優しさが身に沁みますね。
そして、まさやん。やっぱりまさやんが支えになってくれてることってあるよなぁ~・・・とつくづく思いましたね~。


今はリョウヘイ、すっかり元気です。昨日はヘルパーさんといっしょに築地とアメ横行って食べ歩いて来ました。
でも・・・私がどっと疲れてしまって。
児童精神科、整形外科、形成外科、そして歯医者と、お医者さんめぐりをしたり、学校に荷物を取りに行ったり、クリスマスの準備したりもあるけど・・・。
なんだかあのときのリョウヘイがフラッシュバックしちゃうんです。あの真っ青で目を白黒させていたリョウヘイが・・・。
発作のある病気を持った人や肢体系障害の発作がある人やその家族は、いつもこんなふうに心配して、不安な日々を送っているのかな・・・と思いました。
そして、普段は自閉症でも全然オッケー!(多少負け惜しみだけど)と思っている私だけど、こういうことがあると、本当にリョウヘイがかわいそうになっちゃって・・・。私がこんなふうに産まなければ、こんなに痛い思いも怖い思いもすることはなかったのに・・・って。
もっと大変な人もたくさんいるのはわかっているけど・・・完全に私、悲劇のヒロインです。
どうせならこういう悲劇のヒロインじゃなくて恋愛ドラマのヒロインのほうがいいのに・・・(違)。


そうそう。
モエの切り替えの早さには驚きましたね。
ラーメン屋さんではあんなに「リョウちゃんが死んじゃう!」って泣いてたくせに、病院に運ばれたらすっかり安心しちゃって、「ねぇまだぁ~?もう帰ってクラブワールドカップの決勝見たいよ~」とかブーたれてるし。
「あのさぁ・・・リョウちゃんケガもして大変なんだからガマンしてよ」と言いながら、「そうだ・・・今日決勝だったんじゃん!」と思い出して、かなりショックを受けた私でありました・・・。





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2008年9月24日 (水)

タケちゃん探偵、またまた登場

今日からまた探偵始めました~(って、冷やし中華じゃないんだから)。

先週、リョウヘイの担任の先生から、「ここのところ20分ぐらい遅刻して来るのですが」という連絡があり、いつもと変わらず家を出ているのにおかしいなぁ・・・ということで、またまた尾行することになりました。

てっちゃんが先に家を出て駅で待ち伏せ。そのあとリョウヘイを送りだして、私の尾行開始です。まずバス停までの尾行が大変。知ってる人が多いから、「あらどうしたの?」なんて声をかけられては一発でバレちゃう。それでなくても自閉症の子には後ろにも目がついていて、なんか気配を感じるのかフッと振り返ることがあるのです。バレたらいつものひとりのときの行動はたぶんしないから、遅刻の理由がわからなくなる。だからこっちも必死です。今日はなんとかバレずにバスに乗ったのを見届け、てっちゃんに「今乗った」とメール。
その後リョウヘイの学校の最寄りのバス停へ車を走らせ、車から降りて公園の木の陰で待ち伏せます(怪しい女・・)。てっちゃんから、「道草は食ってない。今電車を降りて、○○番のバスに乗ったから」とメールが入り、○○番のバスを待っていると・・・来ました!
が。リョウヘイ、バスから降りないじゃん~~~!!!リョウヘイを乗せたままバスは走り去りましたとさ・・・。しばらく待っていたら、次のバス停で降りたのか、テケテケ歩いて戻って来ました。すでに遅刻しそうだったけど、もう一度降りるべきバス停に行ってリョウヘイの携帯で写真を撮って、「ここで降りるんだからねっ!!!」と念を押してから、学校に行きました。

ええいっ!あんなに所定のバス停で降りる練習して、ここんとこちゃんと降りれていたのに・・・なんで!?帰りのウチの最寄りのバス停では降りられるのに、なんで学校の最寄りのバス停では降りられないのか!?ほかに同じ学校のお友だちが乗っていれば、つられて降りるんだろうけど、たまたま最近乗っていたバスにほかの子が乗っていなかったんだろうか・・・?それとも友だちがいようといまいと、次のバス停で降りるのがパターンになってしまったんだろうか?私がいた場所からはほかのお友だちは見えなかったので、てっちゃんに「ほかに同じ学校の子乗った?」って聞いても「わからん」って・・・。使えない・・・。

でもね~ホンネを言えば、バス停に誰かひとり先生が立っていて、バスが来るたびに「はい、××学校の子、降りて~!」って合図してくれないかなぁ。でなければ、バスの運転手さん、そのバス停に着くころにはすごく空いてて2~3人ぐらいしか乗ってないんだから、養護学校の生徒ぐらいわかるんじゃない?ボタン押されてなくても、ちょっと止まって「降りなくていいのかな~?」って言ってみてくれないかなぁ。朝のこの時間、そのバス停で降ろすためだけにわざわざ親が行くのって、大変なのよ。今日だってモエはひとりで家のカギ閉めて学校行ったワケだし。まぁもう5年生だからいいようなものの。
だいたい、リョウヘイは高校生だからしかたないにしても、義務教育の間ぐらいは「登下校練習」って学校が協力してやるべきじゃない?イヤ、スクールバスに乗れるのにあえて自力通学するなら別だけど、スクールバスが足りなくて小学生でも乗れないんだから。入学希望を出すときに、「親が送り迎えできますか?」って聞かれて、「親が送迎できないなら入学はちょっと・・・」って話になってしまうらしいです。
まぁね、障害児がいるということで、国民のみなさんの税金を多く使わせてもらったりしているのは百も承知ですけど、それとこれとは別問題。親だっていつまでも若くて元気なワケじゃないしねぇ・・・。障害児の世界では、「親の送迎」って当たり前で、もう腰が曲がっているおばあさんが40歳過ぎた息子を作業所まで送り迎えしているなんていうことが今でも現実にあるんだもの。それでも今はだんだん障害児やその家族の境遇もよくなってきて、昔のお母さんからしたらうらやましいことなのでしょうけど・・・。
我が家は先生方や友だちやヘルパーさんには恵まれていたから、本当にありがたいですけどね・・・。


まぁ、そんなこんなで・・・とりあえず、明日も探偵稼業は続きます。
無報酬だけどね・・・。






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2008年6月13日 (金)

その発想は・・・

今日は何の日かというと、13日の金曜日・・・なんですが、実はリョウヘイの誕生日です。
18歳。
なんか、“18歳”っていうとちょっとおとなっぽいですね。
もう車の免許だって取れるし(取れないっつーの)、結婚だってできるし(できないっつーの)。


さて、今日でリョウヘイの実習も終わりました。
この実習で思ったのは、リョウヘイもおとなの階段を上っているんだなぁ、ということ。毎日いっしょにいるとよくわからないけど、意外に親が思っているより成長しているんですね。もっとおとな扱いしないといけないんだな、と思いました。

指導員の方はもちろん、利用者のみなさんが本当にいい方ばかりで、リョウヘイのことを気遣ってくれました。最後に指導員の先生が利用者のみなさんに「リョウヘイ君のこと好き?キライ?」と聞いたら、みなさん「好き」って言ってくれたとのこと。とても嬉しかったです(リョウヘイなどは「好き?キライ?」と聞かれたとき、あとに言われた「キライ」のほうを言うことが多いんですけど)。
指導員の先生は、小さいころ訓練会でお世話になった先生なので、「昔のことを思い出して今のリョウヘイ君と比べるとなんだか感動しちゃって・・・」とおっしゃっていました。
そうよね・・・あのころは本当に大変だったから・・・。毎日毎日を無事に過ごすので精一杯だったし、リョウヘイが働くなんてまだ想像もできなかったから・・・。
自閉症と診断されてから15年半、本当にたくさんの方に支えられてやっとここまで来られたんだな、って思います。もちろん、まだまだこれからだし、課題もいっぱいなんですけどね。

たった5日間だったけど、調理の技術以外にもいろんなことを勉強できた実習でした。


みなさんにお礼を言って帰ろうとしたら、先生が、「この作業所に入るには条件があるのよ」とおっしゃるので、「なんですか?」と聞くと、「イケメンなこと!」だって。
そして「リョウヘイ君は合格よ!」って・・・。そうでしょう!?そうでしょうとも!(殴)
イヤ、さすがに「リョウヘイ君は不合格」とは言えないだろうけど・・・。
しかしその発想、私と似ているわ。

私この作業所、好きかも~!






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2008年6月12日 (木)

修行しないと・・・

リョウヘイの実習も4日目。

昨日今日と見学に行って来ました。
小さいころはよくポテトサラダや豚汁をいっしょに作ったものですが、最近は全然やっていなかったので、さぞや何もできないだろうな~と思っていました。
でも見学に行って、リョウヘイをかなり見直しました。

本当はおにぎりを作って販売するのは金曜日だけなのですが、私の見学日に合わせて、今日のみんなのお昼のメニューをおにぎりにして下さったとのこと。
鮭、梅、ネギ味噌のおにぎりがあって、リョウヘイはネギ味噌担当です。
まず炊いたごはんをハカリで量って1個分の決まった分量に分けていき(リョウヘイはここだけ指導員の方に手伝っていただきました)、それをおにぎりの型に入れます。上から押し型で押して型からはずし、おにぎりを作ります。一度に5コできます。型にごはんを入れるのも、押すのも、けっこうコツがいるらしく、あまりギュウギュウ押してもダメだし、押し方が足りないとボロボロ崩れてしまいます。
次に、刻みネギと味噌とみりんとごま油を混ぜたネギ味噌を塗って、オーブンで焼きます。このネギ味噌を均等に塗るのも、オーブンの扱いも、なかなか難しそうでした。
できあがったおにぎりはセロファン(フィルムシートというのかな?)で包むのですが、これが一番難しいだろう・・・と思いきや、リョウヘイはサクサクッと包んでいました。「え~すごい!うまい~!」と思わず親バカぶり炸裂。
記念にひとついただいて帰りました。食べるのガマンしてパパにも見せようっと。

ほかの利用者のみなさんは、さすがに熟練していて、サラダの材料を切るのも、おにぎりを作るのも、手際よくキレイに作っていました。みんな真面目なんですよね。いい意味でもこだわりがあるので、職人さんぽいというか、すごく自分の仕事に熱心で、自分なりのプライドがあるようです。

障害のある息子が働いている場面を見るというのは、けっこうグッとくるものがあります。だって、私たちが当たり前にフツーにやっていること、たとえばマスクをつけることひとつが、あの子にとってどれほど大変か、わかっているから・・・。
まぁ本人には「働いている」という意識はそんなにないのかもしれないけど・・・。


それにしても、今日つくづく思ったこと。
指導員の方を見ていると、本当~~~に我慢強い。根気があります。
リョウヘイがどんなにやることが遅くても、ボーッとしていても、わからないという様子を見せていても、じっと待っています。なんでもすぐに手や口を出さずに、本人が自分で考えることを大事にしています。「わからないんだな」と思っても、すぐに教えてしまわずに、「教えて下さい」と言うまで待っています。時々リョウヘイが、何かわからないときにイライラして足をドンドン踏みならしたりしていても、指導員の方は平然と待っています。
私には無理!
家だったらリョウヘイは飛び蹴りを喰らっているでしょう。

子育てって誰でもそうだと思いますが、特にリョウヘイみたいな子を育てるにはガマン強くないとダメなのよね・・・。
「お母さんと私たちじゃ立場が違うんだからしょうがないわよ~」と先生は言ってくれたけど・・・。
自分が改めて修行しないといかんな・・・としみじみ思った私でした・・・。






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2008年6月 9日 (月)

サバのトマト煮!?

今日からリョウヘイの作業所での実習が始まりました。
家から車で5分のところにある作業所で、主な仕事は農作業なのですが、リョウヘイは調理の班に配属になりました。
今日担当して下さった方は、昔訓練会でお世話になっていた先生なので、初めてが苦手なリョウヘイも少しは安心できたと思いますが、それでも今日は朝からなんとなく不安だったようで、キゲンがいまひとつだったので心配していました。でも帰りに、先生が「あんなのキゲンが悪いうちに入らないわよぉ。落ち着いてできたわよ。」と言って下さってちょっとホッとしました。

リョウヘイは今日のメイン料理の“サバのトマト煮”を作ったとのこと。
すごーい!そんなの私だって作ったことないのに・・・(笑)今度家でも作ってくれないかな。もちろん介助してもらったのでしょうが、とりあえずリョウヘイひとりでそのお料理を作ったそうです。
トマト缶を開けるときに手を切ったらしく、帰りの車の中で「切っちゃったねぇ」としつこく私に言っていました。
そして、夜になると今度は「あれ?傘は?」と言うのです。
リョウヘイが発する言葉は私がリョウヘイに話しかける言葉そのものなのです。たぶん指を切ったリョウヘイに「切っちゃったねぇ」とか、傘を忘れて来たリョウヘイに「あれ?傘は?」などと、私が言ったことがあるのでしょう。
そういえば今朝持って行った傘を置いて来ちゃったんだね。「明日持って帰ろうね」と言ったのですが、気になってしょうがないらしく、しつこく「あれ?傘は?」を連発していました。ヤレヤレ。

リョウヘイの実習内容は、はじめ、おにぎり作りと聞いていたのだけど、どうやらおにぎりは金曜日だけらしいので、明日も何かお料理を作るのでしょう。明日のメニューは何かな。楽しみです。


ところで、今日はニコニコ会のランチでした。

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近くに新しくできたカジュアルレストランで、コロッケのお店。かわいらしいお店でした。


みんなとのおしゃべりは相変わらずとても楽しかったです。
でも、てっちゃんが働いているときランチしても全然気にならないけど、リョウヘイが働いているときのランチはほんのちょっぴり胸が痛んだりして・・・(笑)

やっぱり私、過保護かしらね?





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2008年5月30日 (金)

実習面接

ここのところ、雨が多くて寒くて、5月という感じがしませんね~。気候のせいか、モエが体調崩したりして、ちょっとテンションが落ち気味の我が家でした。
このまま梅雨になっちゃうのかなぁ。寂しい~~~。

今週は、リョウヘイの実習先の作業所の面接がありました。いよいよリョウヘイ、働くんだなぁ・・・。
今回の実習は来月の9日から1週間です。
実習を希望した作業所は、ウチから最も近い作業所で、車で5分ぐらい。でも、坂道なので歩いたらけっこうあるし、バス便は不便で・・・うまくいかないなぁ。
その作業所は、リョウヘイの中学にも近かったので何度も体験作業はさせていただいたことがあるし、所長さんも昔から知っているし、利用者も訓練会時代の先輩が多いので、そういう意味ではちょっと安心なのですが・・・。
実習の面接に来ていた他の人や、今実習中の人も、同じ養護学校からの子が多いし、違う学校の子でも訓練会や療育センターでいっしょだった人ばかり。この世界、狭いわ・・・。

リョウヘイは、お弁当屋さんのグループでおにぎりを作るらしいです。
自慢じゃないんですが、リョウヘイは手先が器用で、裁縫などは私より上手です。調理も小さいころからやってきたので、技術的には慣れればなんとかなるのでは、と思います。
でも、家や学校でやるのと違って、やはり「社会で働く」ということはキビシイもの。ものの管理や、時間を守ること、そして特に食べ物を扱う場合は衛生面の管理など、きちんとしなければいけないことがいろいろあります。
そういった細かい点はまだまだのリョウヘイなので、今回の実習も、楽しみでもあり、心配でもあり・・・。心配のほうが多いかな。
でも、来年からは、働いてほんのちょっっぴりでも社会に貢献できる人になってほしいです。

そうそう、利用者の中に、なかなかステキな青年がいたのです。
私って、ホントにいつでもどこでも、つい見つけてしまうのね。障害があるとかないとか関係なく、そういう人ってなぜかフッと目に入ってくるんだよな~。
リョウヘイも、「あの人カッコいいわね」って見学のお母さんたちに言われるようにがんばろう!
・・・な~んて、間違った方向に決意を新たにした私でありました。






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2008年4月18日 (金)

リョウヘイ君ご帰還

今日は午前中ケーブルテレビの人がワケのわからない工事に来ました。配線のことなど聞かれても私は全然わからず、お兄さんたち四苦八苦してました。
午後は脳外科の定期診察で、心の準備のないまま採血がありました・・・。まさやんと同じで注射がコワイ私。採血大っキライ!
・・・と、私の自由な3日間の最後の日はそんなふうにサエない一日でした。

夕方6時に、学校にリョウヘイを迎えに行きました。
母たちはそれぞれ楽しい3日間を過ごしていたようです。
「あと2~3泊して来ればいいのにねぇ~!」なんて言いながらも、「飛行機無事着いたかしら」「こっちは寒いから風邪引かないかしら」「今日はあの子の好きな焼肉なの」などなど、口ぐちに言っていて、「あ~やっぱりみんな母親なんだわ~」と、そんな母たちを愛しく思った私でした。

予定より15分ほど遅れてバス到着。
K先生(我が校最後の若いイケメン先生・笑)がリョウヘイを探してくれましたが、私が先生と予想していたとおり、やっぱりリョウヘイってば・・・つれなかったわ~。
私が「リョウちゃん!!!おかえり!!!」って言っても、たいして私の顔も見ずに「ただいま」と言っただけでそそくさとトイレに行ってしまいました・・・。満面の笑みを浮かべて母親のところに駆け寄ってくる子もいるのにさぁ・・・。
しかもリョウヘイ、家に帰ってからもキゲン悪くて、「楽しかった!?」とか「何食べたの?」とか聞けば聞くほど愛想悪いのですよ~。もう~人の気も知らないで・・・。
行きに着て行ったジーンズや長そでのシャツやパーカは宅配便で送る荷物に入れてしまったらしくて、半そでのTシャツに短パンという沖縄版コーディネートで帰って来たので、「寒いから長そでに着替えておいでよ」と言ったら、またまたキゲン悪くなっちゃって。もう!私が何したっていうの!(怒)やっとのことで着替えさせて、モエと「やっぱり手がかかるねぇ・・・」と苦笑しました。

夕食にママ特製ハンバーグを食べてやっとニコニコになりました。その顔を見たら、無事に元気に帰って来てくれてよかった~と思いました。
沖縄旅行はどんなだったのかなぁ~?
リョウヘイはどんなことが楽しかったのかな?
普段はしゃべれなくてもそれほど不便を感じないのですが、こんなときは話せたらいいのになぁ・・・と思います。
もっともお友だちみたいに、電車に乗っていて知らないオジサンに「どうしてそんなにハゲているのですか?」なんて真面目に聞いちゃうのも困りものだけど・・・。

リョウヘイがいない間は、誰も新聞を取って来なかったり、お風呂を入れていなかったり、雨戸を閉めていなかったりで、リョウヘイがいないから不便なこともありました。
よ~し!「リョウヘイがいないとホント不便で困るから、お泊りなんて行かないで!」というぐらいに、家事を仕込むぞ~!
・・・と、リョウヘイがお泊りから帰って来るたびに誓う私です。






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2008年4月16日 (水)

リョウヘイのいない日

今日からリョウヘイは修学旅行。2泊3日で沖縄に行きました。
朝早く学校に送って行くと、いつになく母たちがハイテンション・・・。
そりゃそうです。だって、子どもたちが3日間いないんですよ!母たち、自由の身です。
今日のその母たちを見ていたら、いつもは意識していなくても、私たちの子どもってやっぱり手がかかるんだな~・・・とあらためて思いました。

一番大変なのが、常に時間に縛られていること。
養護学校には、毎日学校への送り迎えをしている人もたくさんいるし、ひとりで登下校できるにしても、留守番は心配だから子どもの帰宅時間までには帰らなくてはならないし。何か用事があるときまず考えるのはリョウヘイのことです。まさやんのライブなどに行くためにはすごく大変。相当前からいろいろと考えて段取りしておかなければなりません。普通は高校生ともなればそんなに子どものことばかり考えていなくてもいいんでしょうけど・・・。

しかーし!この3日間は時間に縛られなくていいんです!この貴重な日々をいかにして過ごすか、母たちはみんな前々から考えていたようです。USJに行く人、伊豆の温泉に行く人、銀ブラ(死語?)に行く人・・・様々です。
下の子がいてお泊りはちょっと無理な私は、同じ高3のお友だちのママ5人でコストコツアーに行きました。

今日は「何時までに帰らなくっちゃ」ということを考えなくていいので、ちょっと足を延ばして新しくできた川崎のコストコへ行ってみました。
車の中では、子どもの話やダンナの話、そしてミーハーな話などおしゃべりしまくって遠足気分。あっという間に着きました。
なんとコストコ入口で、横浜から東京にお引っ越しした訓練会時代の先輩に遭遇!すごい偶然でした。先輩に「今日は修学旅行でリョウヘイがいないんですよ~」と言ったら、「わかるわかる!だから遠出してきたんだ!」と言われました。


川崎のコストコも多摩境と変わらないけど、新しくて広い感じ。

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みんな、この3日間は外食&超簡単料理!
ウチもコストコのお寿司とグリルチキンです。


のんびり買い物して、遅めのランチ。
センター北のノースポート・モールでインドネシア料理のお店に入りました。

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いろんなお料理の盛り合わせプレート。ナシゴレンとかビーフンとか春巻きとか・・・。ウコンのスープとココナッツアイス、バリコーヒー付きです。
すごーくおなかが空いていたのに、 おしゃべりに夢中だったせいか食べ切れなくなっちゃいました。

帰りは「ここが石坂浩二のおウチかぁ~」とか「このお店で榊原郁恵と会った」とかワイワイ言いながら学校へ戻り、それぞれの買い物の荷物を自分の車に積んで別れたのが5時過ぎでした。のんびりと時間を気にせず買い物したりランチしたりするのって、なんて幸せなの~!連れて行ってくれたYクンママ、ありがとう!!!


でも・・・。リョウヘイがいないとなんとなく気が抜ける気もするんだなぁ~。
今も、「リョウヘイまだお風呂に入ってんの!?・・・あ、そうだ、いないんだった」なんて。そして、「今頃何してるんだろうなぁ・・・沖縄は雨なのかなぁ・・・」と思い出したり・・・。やっぱり、気になっちゃいます。みんな、同じなんだろうなぁ。
今日みんなで、「将来もし子どもがグループホームに入って家から出て行ったら、母たち抜け殻になっちゃうんじゃない!?」なんて言って笑っていたけど・・・。
あながち冗談でもなかったりして・・・・・。






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2008年4月14日 (月)

美術教室

昨日はリョウヘイが通っている美術教室の作品展のお手伝いに行って来ました。

リョウヘイが好きなこと、興味があることは何かと探していたときに、モエの保育園のお友だちが通っている美術教室を紹介してもらって、それ以来もう5年ぐらいお世話になっています。その教室はもちろん健常児向けのもので、リョウヘイのクラスは小学生ばかり。その中にひとり身長176cm(誰かさんと同じ)のお兄さんが混じっているというワケ。でも先生をはじめお友だちもそのママたちもみんなとてもよくしてくれているようで、リョウヘイはその美術教室が大好きです。

先生は、何でも自由にやらせる主義で、「こういう絵を」「こういう作品を」「こういうやり方で」というようなことは絶対におっしゃいません。
自閉症児というのは、初めと終わりがハッキリしているもの、目で見てわかりやすいものが得意だから、形がピタッとはまってピースが余ることが絶対にないパズルなどは、健常児よりずっと上手です。図工などでも、モデルがあってそれを見て描いたり作ったりするのは得意です。
でも、「自由に」描いたり作ったりするのはもっとも苦手なのです。「自由にやって」と言われても、何をしていいのかわからない。イメージする力、想像力というものも乏しいので、具体的なものはわかるけれど、抽象的なものは非常にわかりにくいようです。
この美術教室でも、初めは何をしたらいいのかわからず、ボーッとしていたり、先生に「やって!」と訴えていたそうです。私は「そうだろうな~やっぱりリョウヘイには向いてないな~」と思い、先生に「この子には無理かもしれません」と言ったのですが、先生は、「様子を見てみましょう」とおっしゃいました。そして絶対にリョウヘイの作品に手を出しませんでした。初めの何ヶ月かはそんな風で、何をしに行っているんだかわからない状態でした。
ところが、何ヶ月かたつと、初めはまわりの子を見ながら自分も何となくマネしてやってみたり、似たようなものを作ったりし始めて・・・。そして、その後はどんどん意欲的になっていき、自分で自分の作品を作るようになっていきました。今では教室に着くとサッサと自分のやりたいことを始め、自由に描いたり作ったりするまでになりました。
そして、やはりリョウヘイの作風というものがあるようで、リョウヘイ独自の見方、感じ方があるんだなぁ・・・と思います。

作品展には、美術に関わる先生方もたくさん見に来られ、みなさんリョウヘイの作品に興味を持たれていたと聞いて、とても嬉しかったです。

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↑特に好評だったのがこれらしい。どういうイメージを持ってこれを描いたのか、興味深いようです。

この美術教室の先生の紹介で、ドラムの先生にも出会えました。そのドラムの先生が引っ越しされてしまってドラムの授業は終わってしまったのですが、リョウヘイ、もしかしたら山木さんやゲンちゃんみたいにドラムの才能があったかもね~!?(笑)
やっぱり、出会いって大事ですよね。本当に、先生方に、そして毎週教室に連れて行ってくれるヘルパーさんに感謝です。


ところで、パズル好きのリョウヘイは、余暇にジグソーパズルをして過ごしていることが多いです。自閉症の子にパズルが得意な子はとても多いのですが、1000ピースくらいなら、完成図を見ながらやってないんじゃ?という感じなのですね、これが。不思議です。

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↑2004年のまさやんのファンクラブイベントのグッズだったジグソーパズルをリョウヘイはすごくやりたそうなのですが、なんかもったいなくて今は隠してあります。やるなら私がひとりでやりたいし!
でもジグソーパズル好きのリョウヘイにやらせてあげたほうがいいのかなぁ・・・。
目下の悩みです。






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2008年4月 8日 (火)

離任式

今日はリョウヘイが卒業した中学で離任式があり、行って来ました。

校長先生が離任する先生方を紹介したあと、先生方からひとりずつご挨拶がありました。そのときはどうってことなかったのですが、そのあと生徒代表がそれぞれの先生にお手紙を読む場面になったら、急に私の涙腺がアブナくなってしまいました。特に美術の先生(オジサン)に、美術部の部長の女子が読んだ手紙には、オバサン泣けました。手紙を読んで、最後に「先生、大好きです!」って。リョウヘイもその先生には美術でお世話になりましたが、障害がある子に対しても、ちゃんと本格的な美術を教えてくれた先生でした。

そんな中、私が一番お礼を言いたかったのは、個別支援学級でリョウヘイが3年間お世話になったS先生(女性)。定年退職されるとのこと・・・。
先生はこの中学にいらっしゃるまで障害児の担任をしたことはなかったようですが、たぶんセンスのある方なのでしょう、積極的にいろいろなことに取り組んで下さいました。
リョウヘイはちょうど反抗期で、先生は大変だったと思います。今日、「この間リョウヘイの養護学校に見学に行って、リョウヘイがいたから嬉しくなって『リョウヘイ!!!』って声かけたのにリョウヘイってば『誰、アンタ』みたいに冷たいのよ~!」とおっしゃっていました。ハイ、それが自閉症というもの・・・。非常にそっけないです。親に対してだって愛情があるのかイマイチわからないです。そのクールさがますます愛しくさせるんだけどね(違)!
でもリョウヘイが中学時代先生に反抗していたのは、先生を特別な人だと認めていたからだと思います。「自分をわかってほしい」と思う相手、甘えられる相手だったのだと思うんです。
リョウヘイはその3年間で本当にたくさんのことを学び、成長したと思います。友だちもいっぱいできて、多くの経験をして、楽しい3年間でした。

9年間この学校で教えていたというS先生は、たくさんの人たちに囲まれていました。私がご挨拶したとき、3人の青年がそばにいて、先生が彼らを紹介して下さったのですが、3人とも、先生がこの学校に赴任して来た9年前に中学1年生として入学してきた生徒だそうです。今はもう22歳。うち1人は教師を目指していて、今年この母校に教育実習に来る予定だとか。先生はみんなの成長に驚いていましたが、私ってば思わず「みなさん男前ですね~」なんて言ってしまった。ついいつものクセで・・・(笑)

でも先生っていいなぁ。そうやって、昔教えた生徒たちからいつまでも覚えていてもらえて、慕ってもらって、そしてその子たちの成長を喜べるんだもん。そんな職業ってなかなかないよね。もちろん、いい先生だったからなんだろうけど・・・。

中学の離任式のあと、今度は養護学校の離任式へダッシュ!
先日イケメンの若い先生方が離任されて悲しんでいたのですが、そのあとで辞令が出た先生方の離任式がまた今日あったのです(そのあたりの学校の辞令の出方のしくみがよくわからないんだけど・・・)。
今日離任される先生(女性)は、2年間副担任としてお世話になり、作業班でもお世話になった先生でした。この先生もとてもいい先生で、リョウヘイのことをよく見て下さり、いいところをたくさん発見してくれました。
学校に着いたとき式はもう終わっていたので、急いで職員室に行ったら「残念、今帰られちゃいました!」とのことで、間に合いませんでした・・・。「リョウヘイ君が代表でお花渡したのよ!」とみんなが教えてくれました。う~ん、ひとことお礼言いたかったなぁ~。


ところで、リョウヘイの中学校の先輩に、TOKIOの長瀬クンがいます。
今日も、離任する先生が「私がここに赴任して来たころは、卒業生の長瀬君がよくグラウンドに遊びに来ていました」なんて言っていました。
それを聞いて、私、まさやんが出た学校でも「昔の山崎将義君は・・・」なんて話してるのかも?な~んて思ってしまいました~。
そのとき学校にいた先生は今はもうその学校にはいないだろうけど、やっぱり学校の自慢そして誇りだもんねぇ!ずっと語り継がれているハズ。まさやんと同じ時期に同じ学校にいた人、いいなぁ~。
もし私が同級生だったら・・・どんなふうにアプローチするかなぁ・・・。それともずっと遠くから見つめているだけかなぁ・・・。それとももし私が教師でまさやんの担任だったら・・・・・。

などと、離任する先生方がお別れの挨拶をしている間、実はまさやんの妄想をしてひとり不気味に微笑んでいた私でした・・・。






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2008年3月11日 (火)

デンマークに行きたい

昨日はリョウヘイの養護学校で、横浜市の福祉サービス制度の説明会がありました。
福祉サービスって、なぜあんなにわかりにくいんでしょう。ことばがまずわかりにくいし、仕組みもわかりづらいし、じゃぁ具体的に今からどうすればいいのかということもよくわからない。

よくわからないけど、思うのは、日本の福祉って福祉の本質をとらえてはいないなぁ~ということ。
本当に障害者のために必要なことを考えているというより、まずはじめに予算削減ありきだから、現実のニーズに全然合ってないのです。まったくトンチンカンなんです。
我が家も、みなさんの税金を遣わせてもらっているから、ありがたいと思っています。
でも、福祉サービスを利用しなければ生きていけない障害者ってたくさんいるわけで。そういう人に、生きていくために必要なことを“サービス”だからって自己負担させるなんて、どっかおかしい。だって、重い障害がある人は収入なんてないんですよ。それなのに使った分払いなさいって言われても・・・。“サービス”っていう言い方からして違和感。
もちろん障害があっても、「障害があるんだからしょうがないじゃない、みんながやってちょうだいよ」ってことではなくて、できることは努力していくべきだとは思うけど、やりたくてもできない人がいっぱいいるのです。

もうすぐリョウヘイは18歳になるので、区分認定というものを受けます。
障害の程度を認定して、その区分によって、使えるサービスが決まってくるのです。つまり障害の程度が重いほうがいろいろなサービスを使えるわけです。もちろん重度の人のほうが使えるサービスが多いのは当然です。
問題なのは、区分認定の質問項目は介護保険のそれをベースにしているので、身体が元気な知的障害者の大変さが伝わりにくいということです。特に自閉症は見た目では障害の重さがわからないし、知的障害を伴わないことも多いから一番難しい。小さいころから訓練会や療育センターに通って、一生懸命できることを増やし、問題行動を減らすようにがんばってきたのに、それとはうらはらに、「ウチの子、障害重いんです!」って“アピール”しないとサービスが使えない。おかしな話です。ウチのリョウヘイは知的にも低いのでマシ(これもおかしい言い方)だけど、それでも大変さはなかなかわかってもらえません。おとなしいほうでひとりで通学もできてるから(それだって親子で何ヶ月も練習してやっとできるようになったのだけど)、軽度に見られがち。「おとなしいから楽でしょ?」って、役所の障害者担当の人がそう言うのです。全然わかってない人がそういう仕事やってるから、安心して相談することもできません(福祉に携わっている人はアツくて素晴らしい人も多いことはもちろんなんですけどね)。

国や市町村の財源は限られているのだから、足りなければどこかで削減しなくてはいけないのは当たり前ですけど、福祉のための予算はどうしても必要なもの。
ホント『地団駄(by杏子)』じゃないけど、毎年決算前になるとほうぼう掘り起こしたりするあのムダな道路工事をやめたら?お役人さんの出張とか接待とかをやめたら?

それでも横浜は「日本のデンマーク」と呼ばれているらしいです。
本当のデンマークはどうなんだろう。
一度デンマークに行ってみたい。
そんなに素晴らしい福祉国家なのか。
そしてホントにデニッシュがおいしいのかを調べてみたいです。(違)






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2008年2月27日 (水)

リセット!

今朝、またしてもリョウヘイをひっぱたいてしまいました。はい、またしてもです・・・。

リョウヘイは自閉症の特質で、どんなに時間がなくても決まったことを絶対にやらずにはいられないのです。そんなことは私だって百も承知なのです。
ただでさえ行動がノロノロなのに、今日はリョウヘイがいつもより寝坊して、遅刻しそうだったのです。言いたくはないし言ってもわからないんだけど、こちらは「早く!早く!」と焦っているのに、本人は超のんびり行動で、その上乾いた牛乳パックを切ったり、なくなったティッシュを補充してカラの箱をたたんで紙のゴミ置き場に持ってったり、麦茶を作ったり、スリッパをきっちり揃えたりして、「そんなこと時間ないんだからやらなくていいの!早くコート着て!」って言っても、絶対やり通さずにはいられないの。それは時間があるときなら、やってくれて本当にありがたいことばかりなのです。だって私がそう教えたんだから。
でも、私はもうイライラの極地に達してしまったのです。
で、「遅刻するでしょ!早く学校行きなさい!!!!!」って言ったときには手がリョウヘイのアタマをはたいていました。それも思いっきり。
すっごく手が痛かった。今もまだ痛いです。リョウヘイも痛かっただろうな。私のことじーっと見てました。ワケわからないんでしょうね。いつもなら「ありがとう」って言われることをなぜ今朝は怒られるのか、リョウヘイにはわからないのだから・・・。
リョウヘイが悪いんじゃない。わかってます。自閉症だからしょうがない。わかってます。リョウヘイが悪いことしたわけじゃない。わかってます。
でも時々ガマンできなくなっちゃう。
リョウヘイは怒ったり反抗したりしないで、ただ悲しそうに私をじーっと見て、「いってきます」と言って出て行きました。ますます自己嫌悪になっちゃうじゃない。いっそのこと「うるせえんだよババア!」とか言ってくれればいいのに!

なのにてっちゃんったら、「ママはイライラしすぎ!」って、当たり前のこと言うんです!
あーーー「斉藤さん」の蔵之介(呼び捨てするな)みたいなダンナがほしい・・・。


・・・ってなワケで、今日は一日悶々としておりました。

でも、夕方リョウヘイが嬉しそうな顔で帰って来て、ヘルパーさんから、「リョウちゃん今日はゴキゲンでした」と聞いて、ちょっとホッとしました。
やっぱり親だけじゃなく、いろいろな人とのいろいろな場面での関わりがあったほうがいいな・・・と思いました。
リョウヘイも朝イヤなことがあっても、学校で活動したりヘルパーさんと遊んだりする中で、気持ちをリセットできたんだろうな。

今日は凹んだけど、『アトリエ』や『ADDRESS』を聴いて癒されて泣くというよりも、「Boon~ Boon~闇の中~でぇ~♪」と大きな声で歌ったほうが元気になれそうな気分。
私も、お風呂で大声で歌って気持ちをリセットして来よう!






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2008年1月16日 (水)

初インフルエンザ

なんと!
昨日からリョウヘイがインフルエンザで寝込んでおります。
インフルエンザって、去年暮れにちょっと流行って、「普通インフルエンザは2月頃がピークなのに今年のインフルエンザは早い」って言ってたんですよね。年明けたらインフルエンザなんてすっかり忘れていました。
しかも、リョウヘイは熱の出る風邪にはほとんどかかったことがなく、インフルエンザももちろん未経験だったので、我が家は3人だけ予防接種を受けて、リョウヘイの予防接種なんて考えてもみませんでした。

昨日はてっちゃんがお休みで、子どもたちが学校に行ってる間に遊びに行こうと企んでいたんですが、朝リョウヘイがいつもにもましてボーーーッとしているから、おでこに手を当てたら、なんかちょっと熱い。熱を計ってみたら7度6分。リョウヘイにしては珍しい~と思って学校は休ませ、鼻水も出していたので念のためてっちゃんがお医者さんに連れて行きました。
すると、その間に学校から電話があって、「インフルエンザが大流行していて、今朝は学校が混乱しています。小学部とA高等部は学部閉鎖になります。もしかしてリョウヘイ君もインフルエンザではないかと思ってお電話しました」という先生のお話ではありませんか!
「まぁ~リョウヘイに限って」とは思ったけれど、てっちゃんに「インフルエンザじゃないか一応調べてもらって」とメールしました。てっちゃんもドクターも「まぁ一応やってみますか」って感じだったらしいのですが・・・よかった、やってもらって。
担任の先生の予感的中。初インフルエンザでした。
10代の人にはタミフルが出せないということで、吸入の「リレンザ」とかいう薬をもらってきました。うまく吸えてるのかなぁ~、リョウヘイ。

今お昼の1時ですが、朝8時頃朝食を食べて薬飲んで、それ以来ずっと自分の部屋で寝ています。
コワイよ~。
熱もそれほど高くはないし、食欲は昨日も今日もわりとありましたが、さすがにここまで寝続けられるとやっぱり心配になってしまいます。
・・・と思って見に行ったらやっぱり寝てる~~~。息はしてましたが。


おかげで私は出かけることもできないので、録りだめていたドラマを見ています。
昨日の「あしたの、喜多嘉男」(ややこしい)、見逃したところがあったので最初からもう一回見ました。面白くなってきましたね~。

えーと、これから「デスパレートな妻たち」と「斉藤さん」と「貧乏男子」とそれから・・・・・・
たくさん見られそう。

・・・でも、やっぱりリョウヘイ、早く元気になってよ~~~!!!






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2007年10月15日 (月)

バトル!

先日美容院に行ったときのこと。初めてのお客向けのカウンセリングのための用紙に記入しようと思ったら、なぜか手がしびれてうまく書けず、幼稚園児みたいな字になっちゃって、「どうしたんだろう?」って思ったのですが、その理由が分かりました。
今日一日、私の右手はしびれていて、字がうまく書けませんでした。あの日も確かにそうだった・・・・・・。

そう、リョウヘイ君とのバトルです。

リョウヘイの目覚ましは6時20分に鳴ります。そしてわりとすぐに起きます。
でもなぜか下に下りてくるのは7時過ぎ・・・。いったい何をやっていればそんなに時間がかかるのか!?
私がついていて、スピードアップを促さないとダメなのはわかってるんだけど、こっちだって朝食のしたくとかいろいろ忙しいじゃない。今日なんてリョウヘイの様子見に行って「早く着替えて!」なんて言ってる間にアジの干物黒こげにしちゃってさぁ。下に下りたら家中モクモクと真白な煙が。しかも今日に限って紀ノ国屋で買った干物だったんだから(それが一番悔しかった)。
それでイライラしてたところに、リョウヘイがいつまでたっても降りて下りて来ないからまた様子を見に行ったら、なんとまだ着替えていなかったのです!!!!!

もう、怒りバクハツで、「何やってたの!!!!!!!」と怒鳴ったら、リョウヘイはビビッて私の左手をつかんで、私の怒りを抑えようとしました(殴られると思ったらしい)。その力って、すごく強くて痛いんで、ますます頭に来て、空いてる右手で思いっきり頭をバシッと叩きました。そしてムリヤリ着替えさせて(リョウヘイは自分でやらないと気が済まないので、人に着替えさせられるのが大っキライなんだけど)、パジャマもていね~いにたたむのに時間かかるから、リョウヘイからパジャマを奪い取りました。そのへんはもう「格闘」です。リョウヘイも17歳の男の子、もう力では叶わないんです。でも、私の迫力にたじろいで、パジャマを離しました。それをわざとぐしゃぐしゃにして(リョウヘイがそういうの耐えられないの知ってて)、下に持って下りました。
そのあとリョウヘイが食卓に登場したとき、すごく悲しそうな目で私を見ました。そして私の手を自分の頭に持って行きました。
私ってばオトナ気ない。もう、そのやってる最中からわかってるんだよね。リョウヘイが早く準備をしてご飯を食べるのをもっとうまくリードしてあげられたらいいんだけど。私がそんな状態のときはてっちゃんもモエも固まってます。
玄関を出るときには一生懸命笑顔で「いってらっしゃーい」って言ったけど、リョウヘイはどんな気持ちで出て行ったのかな。

リョウヘイには、どうしても時間の観念と、「急ぐ」ということがわからないのです。
中学の先生は、「あのペースがリョウヘイ君の命のペース」とおっしゃいました。「リョウヘイ君がゆっくりしているのは、障害で目が見えないとか、耳が聞こえないとかと同じことなんじゃないか」と。目の見えない人に「目が見えるようになりなさい!」と言うことがないように、時間のわからない子を世間のペースに合わせるようにするのはかわいそうなのかもしれません。
でも、そうおっしゃったからといって、学校に遅刻していいとは言ってくれません。親ががんばってがんばって、早い時間に家を出さないといけないのです。
そして近い将来働くためには、時間を守ることはとても大事なことです。
時間がわからない人に「いいよ、好きなペースでやって」なんて言ってくれる就労先はありません。それが障害であろうと、守らなければならないこと。
そのへんが、特に自閉症という障害の難しさだと思います。

今日はなんだか悲しくて、体調もいまひとつだったので、一日中頭から布団をかぶって寝てました。

夕方、その話をヘルパーさんにしたら、「そんなときのために私たちがいるんですから・・・言ってくれればいつでもリョウちゃん連れ出しますから、お母さんはショッピングにでも行って秋の洋服でも買ったら・・・?」と言って下さって、思わず泣きそうになりました。

しかしいまだにこんなことやってるなんて、私もホント成長しないなぁ~。普段はミーハーなことばかりでリョウヘイのことなんてたいしてやってあげてないのにね。
あ~あ。リョウヘイにサリバン先生がいてくれたらなぁ。

よーし。明日は思いっきり買い物しちゃおうかな!
・・・でもお金がなくなってイライラするのも私だからなぁ・・・。

ということで、やっぱり好きな人のDVDでも見るのが一番なようで・・・。






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2007年10月 4日 (木)

よその子どもを叱るのは・・・

中学時代にリョウヘイの1つ下で、同じ個別支援学級だったEちゃんのママが、同じ養護学校に通っているMクンのお母さんから聞いたと言って、先日教えてくれたのですが・・・。
ウチのリョウヘイ、朝、駅で「反復横飛び」をやっていて、みんなから白い目で見られているらしいのです!
ホラ、電車の車両のドアが開くところに、並ぶ場所の目印として、テープが何本か貼ってありますよね。あれがリョウヘイには反復横飛びの線に見えているらしいのです。
で、そんなヤツがいるのでみんな気持ち悪がって、そこのドアのところにはリョウヘイ以外は誰も並んでいないのだとか・・・。

登下校中に何かしでかしてやしないかと、いつもいつも心配はしていますが、毎日無事に学校と家に着いているということだけで80%ぐらいは安心してしまっていました。
わかっちゃいたけど、無事着いてればいいってもんじゃないんですよね~~~。
みなさん、すみませんです~~~!!!(涙)
また尾行して、もうやらないようにするから許して~~~!

しかしそのこと自体よりも、ちょっと私が凹んだのは、それを目撃したMさんがその場でリョウヘイを注意したり、私に直接言ってくれたりしなかったということです。もちろんこっちが悪いのは十分わかってるんですが。でもMさんは、ずっと療育センターでいっしょだったし、同じ訓練会に入っていて、私は彼女とけっこう仲がいいと思っていたので、注意するのが不安なら、Eちゃんのママにじゃなくて私に「リョウヘイ君こんなことしてたよ!」って教えてくれたらいいのに・・・。これって逆恨みかぁ。

まぁリョウヘイを知らない人だったら、やっぱり怖くて注意できないでしょう。私も、前にスーパーのレジで横入りした自閉症らしき人に注意しようとしたのですが、その人が100kgぐらいありそうな巨漢だったので、もし注意してパニックを起こしたら・・・と思うと注意できませんでした。

たぶんリョウヘイみたいなのを見て、駅にいる人は「なんで親はこんな子をひとりで通学させてるんだろう」って思うでしょう。
でも、毎日ついて歩くのは本当に大変なことで、ここまでするのにもかなり苦労したんですよ。
親は放任しているのではなく、親子で一生懸命がんばってやっとここまできたんだってこと、わかってほしいと思っちゃうんですよね・・・(まぁ最初っから放任の親もいますけど・・・)。

ところで、障害のある子は、「絶対やってはいけないこと、人の迷惑になること」がハッキリしているから注意しやすいかもしれないけど、逆に健常の子のほうが、よその子どもを注意したり、叱ったりするのって難しいかも。注意したり叱ったりするラインっていうのが家によってまちまちだし・・・。
大きくなったらもう注意なんてしないけど、小さいころお互い注意し合うのって難しかったな・・・。

昔、よその子を預かって、「ジュースちょうだい!」って言われたから、「もうたくさん飲んだからまたあとにしようね」って言ったら、「ウチのママはちょうだいって言ったらすぐくれるのに!ケチ!」なんて言われたこと、あったっけな~~~・・・。





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2007年9月 3日 (月)

「安心」ナビか!?

今日からリョウヘイも新学期。
ゆうべ心配していたからか、リョウヘイが学校に着いていないという連絡をもらって、みんなで近くを探している夢を見て・・・コワかった。

そうしたら、なんとそれが正夢になってしまいました!

ゆうべの夢のこともあり、長い夏休みのあとちゃんと学校にひとりで行けただろうか・・・と心配になった私は、学校が始まる9時に携帯電話の「安心ナビ」でリョウヘイの位置を調べてみたのです。今日は早めに家を出たのでもうとっくに着いているはず。
すると!なんと現在地が「東京都・・・」になっているではありませんか!学校は「川崎市」です。
「えっ!?ウソ!」
もう一度リトライしたら、今度はつながらず。それから何度もやってみましたが、全然つながりません。
それで学校に「ウチのリョウヘイはちゃんと学校に着いているでしょうか?」と電話してみました。
担任の先生の携帯電話の番号を直接聞いていなかったので、学校の代表電話にかけたら、「今調べて折り返し電話します」とのこと。
でもいくら待ってもかかってきません。
私の性格からして、こんなときどんどんネガティブな方向に・・・。
てっちゃんに電話して、てっちゃんの携帯からナビしてもらっても、やっぱりつながらないと言うので、ますます心配になって、
「休み明けでボーっとしていて違うバスに乗っちゃったのかな?」
「電車が混んでいて降りそこなって東京まで行っちゃった?」
「誰かヘンな人に連れて行かれちゃったんじゃ!?」
「ヘラヘラしてるから悪いヤツにつかまってボコボコにされてたりして!?」
と悪いことばかり考えてしまいました。
“子どものことに関しては”心配症のてっちゃんも、「今から折り返し帰る!」と言います。
そんなこんなでイライラしていたら担任の先生から電話が。

「リョウヘイ君ならとっくに来てますけど?」
「えーーーっ行ってるんですか!?」
「はい・・・(来てたらいけないのか!?←心の声)」

学校のほうも初日で、みんな変化に弱いから落ち着かないのか、同じような問い合わせが殺到していたのか、なんだかバタバタしていたみたいなのです。でも今考えると、電話を取った先生が、リョウヘイの靴箱を見ればすぐにいるかいないかわかったのでは・・・?
イヤ、それよりも、今よく考えれば、リョウヘイは白いポロシャツにチノパンを着て、学校用のバッグを持ったら、逆に学校以外には行くわけがないんですよね。
今思うとそうなんですが、そのときは完全に冷静さを失っていました・・・。でも夢なんて見ちゃってたからねぇ。はぁ、ダメな私。
当のリョウヘイはそんな騒ぎにも知らん顔で、フツーに学校に行き、淡々とルーティーンをこなしていたのでしょう・・・。

しかし、auさん、なんで「川崎市」にいるのに「東京都」にいるって出るワケ~?
これじゃ「安心ナビ」、全然安心じゃないじゃん~~!!!




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2007年7月11日 (水)

しあわせな人生

今日は、リョウヘイが2歳から13歳まで11年間通った訓練会の仲間たちとのお食事会がありました。
リョウヘイが通っていた火曜日班のパパママたちは、先輩から後輩まで仲がよくて、数年ぶりに会った人もいたけれどみんな全然変わっておらず、近況報告やら思い出話やら、はたまたミーハーな話やら・・・に花を咲かせ、楽しいひとときを過ごしました。


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お食事は、「月三茶房・ギャラリーなごみ」というギャラリーとカフェがいっしょになったお店で。




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普通の家という感じですが、古くて趣があります。



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ギャラリーでは今は「カップ展」をやっていました。ステキなカップがいっぱい!ほしい~



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ランチは「スープカレー」のランチでした。白身魚とセロリのパテもおいしかった!



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ランチにも食後のデザートとお茶が付いているのですが、まだまだおしゃべりし足りなくて、またお茶を頼みました。鉄瓶のポットサービスの紅茶、おいしかったです。Koniが注文したハーブティーのハーブは庭で採れたものらしいですが、これもキレイでおいしそうでした。


今日は大先輩のNさんご夫妻(おふたりとも画家)にも会えてうれしかったです。
実は障害を持ったご長男を亡くされているのです。でも、その後も福祉活動に関わっていらっしゃって、いろいろなお話が聞けました。
中でも印象に残ったのは、ご長男を亡くされてあらためて思ったそうですが、「障害児を持った人生ってしあわせ」というお話でした。
みんなも、10年15年と障害のある子どもを育てた今だからこそ、そのお話に深くうなずいていました。

障害児の親というものは、それはそれは大変なことがいっぱいあります。悲しいことや苦しいことが普通の人の何倍もあるけれど、でも、喜びも何倍もある。この子たちのおかげで考えたことやわかったことがたくさんあるし、濃くて深い人生を送れていると思うのです。もちろん、まだこれからもつらいことがいろいろあるとは思いますが、ウチに生まれてきてくれてありがとう!という気持ちは常に変わらずに自分の根っこにあると思います。
成績や学歴や肩書きや経済力がどうのなんていうことじゃなくて、「生きる」というすごーく基本的なことが大事って思えるのは、やっぱりこの子たちのおかげだもんね。
そして、このような仲間たちや、支えてくれる人たちに出会えたこと、またそれに感謝できるのも、この子たちのおかげなんだなぁ。


最後にNさんの奥様が書かれた本にサインしてもらいました。この本はジャパンタイムズにNさんが7年間もずっと連載されている漫画を編集したもので、日本語の擬音語・擬態語を漫画と英語で表現しているのですが、日本語のように擬音語や擬態語が多いことばはないそうです。

Dscf2291 たとえばこんな感じ。











才能ももちろんだけど、好きなことがあるって素晴らしい。Nさん曰く、障害のあるなしに関わらず、「好きなこと」があるということはとっても大事だそうです。

そうか、そうだよな~。
リョウヘイの「好きなこと」って・・・・・アンパンマンじゃぁなぁ~~~・・・・・。





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2007年6月22日 (金)

再会

・・・といっても、「昔の男」との再会というようなロマンチックなものではありません(笑)

話は15年近くも前にさかのぼります。

リョウヘイが2歳3か月で、リハビリテーションセンターの児童精神科のドクターから「自閉症」と診断されたとき、私はすぐにはその事実を受け入れることができませんでした。
もちろん、他の子と違う、いろいろなところで遅れがある、とは思っていましたが、「自閉症」というものをよく知らなかったのもあり、一度の診断では信じることができずにいました。
診断後3か月は、どこにも所属もしていなかったし、どこにも行くところもなく、どこにも相談もできなくて、私はひたすら泣いて過ごしていました。
3か月たって、幼稚園を経営している親戚のおばさんが、「自閉症に詳しい先生が講演に来るから来てみない?」と言われ、講演会に行ってみました。講演は自閉症に関するものではなく、幼稚園児の保護者向けのものだったのですが、講演後にそのS先生とお話する機会をいただき、お会いしました。
するとS先生はリョウヘイをひとめ見るなり、「うん、やっぱりハンディキャップがあるね。」とおっしゃいました。
「う~ん、まだわからないね~。ちょっと人より遅いだけかもしれないよ」と言ってもらいたいという期待が私たちの心のどこかにあったんですが、あまりにも“サックリ”でした。
そしてS先生は、今後リョウヘイにどう接したらいいかとか、どういう療育機関があるかとかをいろいろ教えて下さり、私たちは先生に言われたとおりに、療育センターと訓練会に入りました。

そんなS先生にその後会ったことはありませんでしたが、あれから15年近くたった今日、障害者団体の部会でS先生が講演されるとのことだったので、行って来ました。
先生は全然変わっていなくて、相変わらず面白くわかりやすいお話でした。
当然先生は覚えていないだろうとは思ったけれど、どうしてもひとこと挨拶をしたくて、終わったあと順番待ちして(笑)挨拶に行ったら、リョウヘイのことはもちろん覚えていなかったけれど、「あれって15年前か~」と、その幼稚園で誰かと話したことは思い出したようでした。
私が「そのときひとめ見て『ハンディキャップあるね』って言われたんですよ~」と言うと、「ホント~そりゃすまなかったね」とおっしゃっていました。

でも先生。
先生にアッサリ「ハンディがある」と言われて、私たち、ガッカリするというよりは、「プロの先生がひとめ見てこんなにすぐにわかるってことは、やっぱりそうなんだ」と、すんなり認めることができたんですよ。セカンドオピニオンも同じだったということで、覚悟ができたんです。そして先生に会ったその日に、今すぐにでも療育を始めなきゃ!って思いました。だって、具体的にやるべきことをいろいろと教えてくれた最初の人だったんだもの。

S先生は「自閉に魂を売った男」と言われているそうで(笑)、自閉の専門家なので、今後またお世話になることもあるかと思います。やっぱり再会できてよかったな。

そうそう、15年前のあのとき先生が言ったことば、今でもよく思い出します。

「子どもをかわいいと思う気持ち、それだけは大事にしてね。」

ハイ、先生のおっしゃるとおり、リョウヘイをかわいいと思う気持ちは大事にしています。
今日も飛び蹴り2発ほどは食らわしましたけどね・・・。




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2007年2月27日 (火)

自己嫌悪

久しぶりに朝からやってしまいました・・・。今日はシカオちゃんのライブだということで、ルンルン気分(死語)で目が覚めたというのに・・・。

毎朝、リョウヘイは目覚ましをかけて6時半ごろ起きています。いくらノロノロくんのリョウヘイでも、それから着替えて顔を洗って、7時過ぎには食卓につけるはずなのです。
・・・が、食卓につくのがいつもだいたい7時15分。毎日のことですが、私はここまででまず「イラッ」。
でも今日は7時半近くなっても下りて来なかったので、部屋に行ってみたら、なんとまだパジャマ姿なのです!6時半に起きていることは気配でわかっていました。1時間もの間いったい何をしていたの・・・!?
私の怒りが爆発!
「なにやってたのーーーっ!!!」思いっきりひっぱたいてしまいました。

もちろん、百も承知なんです。
リョウヘイには時間の感覚や、急がなくてはという気持ちや、いつまでに食べなくては8時までに家を出られないという計算や・・・そういったことができないということは。
今まで、タイマーを使ってみたり、砂時計を使ってみたり、顔を洗っている絵やごはんを食べている絵と時計の針の絵をマッチングさせて描いてみたり、いろいろなことを試したのですが、どうしても「急いで行動する」「時間どおりに行動する」ということだけはわからないのです。
ほかのことは、根気よく教えれば、あるいは事柄によってはたった一回でも、覚えて習慣化するのです。お風呂を洗ったり、食器を洗ったり、服をちゃんとたたんだり、お醤油がなければ入れたり、雨戸の開け閉めをしたり、新聞を取って来たり・・・。言わなくてもちゃんとやってくれること、てっちゃんやモエの100倍くらいキチンとしてくれることもいっぱいあるんです。
でも、「急ぐ」ということがどうしてもわからないのです。私が「急いで!」などと言えば言うほど、私が怒っていることばかりに気を取られて、よけいに支度が進まなくなってしまうのです。もう何百回と同じことを繰り返しているのに、どうして私は同じことをやってしまうのか、自分が情けなくなってしまって・・・。
リョウヘイはこういうときすごく悲しそうな顔をして、いつまでも私の表情をうかがっています。夜寝るときと朝出かけるときだけは、イヤな思いをさせたくないので、一生懸命笑顔を急造して送り出しましたが、リョウヘイを叩いて紫色になってしまった指を見ていたらなんだか悲しくなってしまって。
リョウヘイに関して、何かが「できない」ということを嘆くというよりは、できないことでカッとしてしまう自分に自己嫌悪になることはまだまだあるんですよね~。私も修行が足りないな~。

自閉症の子の中には、時間はしっかりわかって逆にこだわる子もたくさんいます。たとえばお昼ごはんを食べ始めるのは12時ぴったりと決めていて、12時を1分でも過ぎてしまうとパニックになってしまうとか、まだ11時59分だから目の前のラーメンが伸びてしまっても絶対食べないとか。
それも困るだろうけど、時間がわからない(しかも行動が遅い)っていうのも、これから働くことを考えるとホントに困る。
「急ぐ」ということの意味はわからなくても、「これくらいの早さで行動しなくてはいけない」ということを、私が良平に身体で覚えさせなくてはいけないんだよね・・・。
はぁ・・・。でも、リョウヘイが就労するまでには、なんとかがんばろう!

ところで、“時間”や“急がなくてはいけないこと”はわかるはずなのに、ワイドショーを見ていていっこうに学校に行こうとしない子どもはいったいどうしたらいいんでしょうね・・・。




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2006年12月 7日 (木)

親離れ・子離れ

先日、養護学校で進路の勉強会があり、主に知的障害者の支援をしている施設の方の講演を聞いて来ました。そのお話を聞いて思ったこと・・・。

私たち障害児の親は、生涯この子の面倒を見なくては、と思いがちです。いつも例に出すのですが、自閉症の男性の実話をもとにした韓国映画「マラソン」の中のお母さんの、「この子より一日だけ長く生きることが私の唯一の願いです」というその気持ち、とてもよくわかります。
でも、そういう考えではダメなんだな、と思いました。親がいつまでも子どもの面倒を見ることなんて絶対無理な話。現に、親のほうが障害のある子どもに面倒を見てもらっているケースもけっこうあるそうです。ある程度のところまで来たら、やはり親はだんだんに子どもの手を離し、支援してくれる人に託していかないといけないんだな~とつくづく感じました。子どもに合ったいい支援をしてくれる資源や人材に出会うことが大事なこと。でも、これが難しいんでしょうけどね~。

講演では、一人暮らしをしながら働いている男性のお話が事例として取り上げられました。その人のご両親はもう老齢ということもあり、子どもの面倒は見られないそうで、離れた場所に住んでいるそうです。彼はアパートにひとりで住み、毎日働きに行き、帰ってからは週に3日ヘルパーさんが買い物と料理をしてくれる。お金の管理などは支援団体がしてくれて、彼はお給料と年金からアパート代や食費、光熱費や小遣いなどを引いても月に3万円以上も貯金できるそうで・・・もちろん遊びに行ったり高い服を買ったりするわけではないから、お金を使うこともないんですが。それに、障害があって10万円のお給料をもらえるなんて、レベルが高いほうだと思う。リョウヘイはまず無理でしょう。彼はウチのリョウヘイなどよりは、知的にも高く、臨機応変な対処ができるのだろうし、一人暮らしという孤独もあまり気にならないタイプなんでしょう。もし病気になったら・・・もし大地震が来たら・・・もし変な人に騙されたら・・・などなど、やはり心配は山ほどあるとは思いますが、それでも彼のケースは理想的と言えるのではないでしょうか。

リョウヘイは今日から宿泊学習で、一晩泊まって明日帰って来ます。
家と親から離れ、集団の中で過ごすことは、リョウヘイにとってどのくらい大変なことなのか、私にはホントのところはわかりません。
でも、前述の彼のような一人暮らしは無理でも、将来は親から離れて、グループホーム(ケアホーム)で理解あるスタッフに介助してもらいながら仲間たちと暮らせたら・・・と思います。私たち親は先に死んでしまうから・・・。妹には兄のことは気にかけてほしいけど、妹には妹の人生があるわけだから、負担は軽くしてあげなくてはいけないでしょう。

親から離れたときのために、ある程度のことは自分でできるようにならないと・・・。冬休みはひとりで買い物する練習をしようと思います。
でも、練習しても、「合挽き肉300g」とかは無理ですよねぇ。
あ~あ、やっぱり私も買い物に行かなきゃダメか・・・。チェッ!




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2006年11月25日 (土)

リョウヘイの文化祭

今日と明日はリョウヘイの養護学校の文化祭。
私は委員なので受付の仕事があり、今日は朝一番で行って来ました。
けっこう朝からいろんな方が見えました。市会議員の方とか、ボランティアの方とか・・・。地域の一般の方もたくさん来てくださったようで・・・いい傾向なのではないでしょうか。

午後、あらためててっちゃんとモエといっしょに見に行きました。
スーパーボールすくいをして遊んだり、うどんやカレーを食べたり、農芸班の子たちが作った野菜を使ったけんちん汁をいただいたり。仲良しのママのHさんトコのKクンはクッキーやパンやケーキを売っていて、そこは人気で混んでいました。
ひととおり廻ったあと、リョウヘイのところへ。
リョウヘイは木工班で、ベンチを制作しています。
自分たちで作ったベンチを販売していましたが、買ってくださる方もけっこういたもようです。以前授業を参観したとき、リョウヘイはネジを止めたりするのは上手にやっていました。“やすりかけ”は終わりがわからないので自閉症児は苦手のようでしたけど・・・。
我が家もベンチを注文して帰って来ました。

普通の高校の文化祭とはちょっと違うと思うけど、まぁ初めての文化祭だからこんなものでしょう。

ところで、私は昨日今日といつになく緊張しています。
だって、この2日間はリョウヘイがお弁当を持って行かなくてはいけないんだもの・・・。

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2006年11月13日 (月)

またまた探偵開業

リョウヘイは、下校は完全にひとりでできるようになっていますが、登校はまだてっちゃんが付き添っていました。
一番はじめは学校まで付いて行きました。次は学校の最寄りのバス停まで。その次に学校の最寄りの駅からバスに乗るところを見届けるまで。その次に電車を降りるところを見届けるまで・・・というように、だんだん付き添っていく距離を減らしていって、先週までは、リョウヘイが電車のドアを降りて行くときに「バイバイ」しててっちゃんはそのまま電車に乗って行っていました。

今日から、家からひとりで学校まで行くことができるか、やってみようということになりました。またまた探偵業開始、今度はてっちゃんが探偵です。
リョウヘイには、「今日からリョウちゃんひとりで学校に行こうね!」と言い聞かせ、てっちゃんがまず先に家を出て先にバスに乗って駅に行って待ち伏せしていました。
少し時間をおいてからリョウヘイが出発。バスで我が家の最寄りの駅まで行くのは中学のときにできるようになっています。そこから学校の最寄りの駅までは、急行だと次、各駅だと4つ目。幾つ目の駅、というふうに覚えているとしたら、乗る電車によっては違う駅になってしまいます。ちゃんと駅の名前で理解してくれてるかなぁ・・・。もし違う駅に行っちゃったら戻ったりもう一度乗りなおしたりすることは難しいだろうなぁ・・・。
・・・と心配しているところにてっちゃんからメールが。
「尾行して行ったらちゃんと○○駅で降りたよ!各駅は2台やり過ごして急行に乗って次で降りた」。

えーーーリョウヘイすごいじゃん!
いつもてっちゃんと行くときに急行に乗ることが多かったので、各駅をやり過ごしてわざわざ急行に乗ったらしい・・・。各駅をやり過ごして急行に乗るほうが、2台前の各駅に乗るよりも早く着くんです!すばらしい~♪
ナビで確認したらちゃんと9時に学校に着いていました。やったーーー!

もう少し練習と確認が必要だとは思うけど、どうやらひとりで学校に行くという意識はあるらしいので、これが定着してくれたら、てっちゃんもフレックスばっかり使うこともなくなるし、てっちゃんが朝一の会議で付き添えないときは私が送って行く、ということもなくなるんだわ~。

“探偵廃業”まではあともうひとがんばり!!
がんばれリョウヘイ!っつーか、がんばれパパ!

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2006年9月28日 (木)

コーディネート

昨日おとといと肌寒かったのに、また今日は暑いですね~。
こんな気候のときって、着るものに困ります。いくら暑くてももう夏っぽい格好ではおかしいし、一日のうちでも気温の変化が激しいので、はおるもので調節するしかありませんね。

私たちでさえ難しいこの季節の服装ですが、リョウヘイはもっと大変。
もともと、暑いからこの服、寒いからこの服、と考えることも難しいし、ましてやこの色にこの色は似合わないとかそんなことは全然わからない。リョウヘイの辞書に“コーディネート”ということばはないのです。しかもその上、体温調節が苦手ときています。
中学のころは制服だったので、夏は白のポロシャツに制服のズボン、冬は白いボタンダウンに制服のブレザーとズボンと決めていました。なので私が朝出してあげなくても自分で着替えができていたのです。
ところが、高校になったら服装は自由。ほかの子は、中学の制服を着てきているのですが、リョウヘイは、中学の制服を着たら中学に行くものと思ってしまうのではという不安があったし、何より自分でその日の状況に合わせて服を選ぶことを学んでほしかったので、ウチではあえて制服は着せませんでした。
しかし、これが予想どおり、イヤ予想以上に大変!

リョウヘイの学校は服装は自由だけど“襟付き”の服が原則なので、夏の間はポロシャツを着ていました。でも休みの日はTシャツでいいわけで、この違いをわからせるのにまず一苦労。ホワイトボードにカレンダーを書いて、平日はポロシャツの絵を、土日にはTシャツの絵を書いてリョウヘイの部屋に貼り、寝る前にマグネットをカレンダーの翌日のところに移動させます。そういうのはすぐ覚えて確実にやるから、朝絵を見て今日はポロシャツ、今日はTシャツという具合に自分ひとりで着ることができるようになりました。ここまででもかなりの進歩なのです。

おとといは絵がポロシャツになっていたので、ポロシャツを着て下に降りて来ました。が、おとといはとても寒かったのです。なので、私が「今日は寒いから長袖のシャツに着替えたら?」とひとこと言ってしまったから大変。絵のとおり着たのになんで?と混乱してしまうのです。やっとのことで着替えさせました。
また、その長袖シャツをその日洗わずにいたら、昨日もそのシャツを着て来たのです。同じ長袖でもほかのを着るという発想がない。もう私も面倒くさいから2日続けて同じシャツで行かせました。そして、わざとそのシャツを今日も洗わないで試したら、やっぱり今日もそのシャツを着て降りて来た・・・(T_T)
この色とこの色は合わないとか、この服とこのズボンは合わないとかまではムリとしても、シャツは毎日着替えるとか、寒かったら長袖を着るか何かはおるとか、暑かったら脱ぐとか・・・そういうことってどうやったらうまく教えられるのかなぁ~・・・。
ずっと私が“今日着るもの”を出してあげられるわけじゃなし、こんなふうじゃ将来グループホームでひとりで生活できないよねぇ・・・。

・・・って、てっちゃんに真剣に相談したのに、てっちゃんてば「コーディネートはこーでねぇと!」とかベタなギャグ言ったりしてちっとも真面目に考えないんです。
ホント、男親ってノンキなのよねぇ~・・・(タメイキ・・・)。

もっとも、リョウヘイのこと考える前に、自分のそのワイシャツとネクタイのコーディネートをなんとかしたほうがいいかもしれないけどね。

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2006年9月 7日 (木)

リョウヘイの性(サガ)

今朝、学校の先生から、「リョウヘイくんが来るのがいつもより15分遅かったのですが・・・朝何かありましたか?」と電話がありました。
いーえ、何にもありません。いつもどおりにてっちゃんとふたりで家を出ました。
でも、今日はてっちゃんが電車のドアのところで自分はホームに降りずにリョウヘイと別れたらしいので、もしかしたらそこからひとりでバスに乗って所定のバス停で降りて学校まで歩いて・・・という行程の中で、何か失敗があったのかもしれません。前みたいにバス停で降りられずに乗り過ごしたとか・・・。でも本人何も言ってくれないから、何があったのかを知ることはできず・・・。とりあえずもう少し早く家を出るようにしますとは言いましたが・・・。やっぱりもう少しのあいだ、バスを降りるところまでついていかないとダメなのかな~。それとも夏休み明けでまだ勘を取り戻してないのかな。

朝そんなことがあったところへ、またしてもリョウヘイのバカタレが。
なんとジーンズをビリビリに破いてきたのです!
ちょっと長めに穿いていたので、裾が擦れてきていたのです。それがカッコよかったのに。どうも、その擦れた部分から、ビリビリ・・・と破いたらしいんだな。
そうです、これは自閉症の性(サガ)なのです。
ちょっと破れていると、全部破かないと気が済まないようなのです。
私のクラッシュジーンズのことも、いつもジッと見ているのよね。私のジーンズもいつかやられちゃうかもしれないわ!
リョウヘイの友だちは、旅行先の旅館の壁紙の張り合わせた部分がちょっとはがれていたのを、一気にバリバリ破いてしまったそうで、泣く泣く弁償したと言っていました。ソファの張り生地にちっちゃな穴が開いていたのをビリビリ~っとやっちゃった子もいます。他人の家でもやってしまうから、そのために保険かけている友だちもいます。知能が高い子でもそういう傾向はあるみたいなので、ホントやっかいです。
リョウヘイは背が高い割に細いので、合うパンツ(ズボンね)がなかなかないのですよ。今のメンズのジーンズって、28インチからしか製造してないそうなのです。28インチだとウエストが大きいので、やっとのことで売れ残っていた27インチのジーンズを見つけてきたというのに。
リョウヘイってば、私に怒られると思って恐れおののいてんの。顔をガードしてたわ。そんなに私が怖いのならやるなっつーの!

我が家では、リョウヘイには格好だけでもちゃんとしてほしくて、家族の中で一番いいものを着せているのです!
それなのに、今回のリーバイスのジーンズの前には、ラコステのポロシャツをビリビリにしてくれたし、その前はラルフローレンのセーターを、その前はJ・PRESSのシャツを、その前はアディダスのTシャツを、その前は・・・・・・・もぉ~イヤっ!!!

・・・だけど不思議なことに、ユニクロの服だけは破いたことがないんですね、これが・・・。

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2006年7月27日 (木)

すべてはママのために!

今日のリョウヘイは朝からゴキゲンもよく、ヘルパーさんとお出かけ。自由が丘のケーキ屋さんめぐりをしたもようです。朝10時から夕方5時までしっかり遊んで来ました。

なんだ、全然元気じゃん。ってことは昨日具合が悪くなったのは風邪などではなくやっぱり発作だったのか、はたまた熱中症だったのか・・・。
本人が「イヤ~暑くてなんかクラッときちゃってさぁ~」なんて言ってくれたらどんなにいいでしょう。健常のお子さんを持っている人ってしあわせなのね~~。

そんなリョウヘイくん、なんだか今日はケーキを違うお店で2個食べたらしいですよ。
ひとつは「モンサンクレール」という有名なお店、もうひとつは「パリセヴェイユ」というお店。こちらも有名なパティシエの方が開いたお店らしく・・・。
私は前にも書いたように、アンナミラーズのおっきなバナナチョコレートパイや、シャトレーゼのモンブランだって大好きなもんだから、こんなフランス菓子なんてかえって味がわからないと思うのですが、リョウヘイは少なくとも私より舌が肥えており、ペロッと平らげたそうです・・・。で、おみやげに「パリセヴェイユ」のパンも買ってきてくれました。優雅だ・・・。
月曜日はアメ横と銀座に行って、「ペルティエ」というお店の焼き菓子がおみやげだったし・・・いいのかしら、こんなんで。
でも、切符を買って電車に乗って街に出たり、外でごはんやスイーツを食べたりすることも勉強だと思っているので、ヘルパーのおじさんにおまかせしています。

それにしても、これも前にも書いたけど、リョウヘイが私よりいろいろな街を知っていて、いろいろなおいしいものを知っているってのはどうなのよ?
リョウヘイが生まれてからの16年間というもの、私は都会に出て有名なお店でゆっくりおいしいものをいただく・・・なんていうことはできなかったのに~。

よし、私の将来の目標は決まった!
リョウヘイを無事就労させて、グループホームに入れて、そのころはモエもお姉さんになってるから、そしたら時間なんて気にせずに、友だちとおいしいものめぐりをする!東京や横浜だけじゃなく、ちょっと足を延ばして名古屋とか大阪、北海道や九州にだって・・・。イヤイヤ、フランスやトルコや中国にだって・・・!

よーーーし、がんばれリョウヘイ~!!!
すべてはママのために!!!



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2006年7月26日 (水)

粗食やめようかな?

リョウヘイの学校は夏休みに「夏季セミナー」というのがあって、調理、農作業、運動、手芸、音楽など、いろいろな活動をさせてくれます。まぁ、時間的には2~3時間ですが、家にいてもやることがない・・・余暇を過ごすことが苦手な・・・子どもたちなので、家ではなかなかできないことを学校で見てもらえるのはありがたいことです。
リョウヘイも調理や運動や手芸に参加しています。

今日は9時から12時まで運動の日でした。
行きは送って行きましたが帰りはひとりで帰れるので、帰って来るのは1時ごろかな~と思っていたら、11時半ごろ学校から電話が。
なんと、リョウヘイが熱中症になったので迎えに来て欲しいということでした。

慌てて迎えに行くと、何人もの先生方が心配してくれました。
どうも、貧血っぽい状態になって、顔色が真っ青だったとのこと・・・。でも、付いて下さっていた先生の話によると、「眠そうだった」というので、熱中症ではなくて、もしかしたらてんかんの発作かも・・・と思いました。
小学校4年生以来、発作らしい発作は起こしておらず、薬も毎日ちゃんと飲んでいるし、最近では脳波もキレイらしいのですが・・・。

リョウヘイが初めて発作を起こしたのは5歳のとき。
療育センターで、机に座って、型はめかなにかの課題をしているときに、急に眠ってしまったのです。今まで普通にしていたのに。
そのときは体調が悪いのかと思ったのですが、それ以来何度か同じようなことがあったので、児童精神科のお医者様に診ていただいたら、てんかん発作とのこと。自閉症児の約70%がてんかんを持っているらしいのです。
本当にバタンと倒れてしまったり、痙攣を起こしたりする人もいるけれど、リョウヘイの発作は、突然、寝てしまうのです。顔色が悪くなるし、あまりにも突然眠ってしまうので、体調が悪いのとは違うのがわかります。
18歳くらいまで抗てんかん薬を飲まなければいけないと聞いて不憫でしたが、本人に合った薬さえちゃんと飲んでいれば、生活は普通の人と何も変わらないとのことだったので、そのときから投薬を始めました。
慣れないものを口にするのがとにかく苦手な自閉症児。最初は薬を飲ませるのが大変でした。今ではすっかり慣れているので、朝晩、絶対に忘れることなく飲んでいます(これは自閉症児のいいところ)。

今日は学校から帰ってから、ずーーっと寝ていました。お昼ごはんも「いらない」と言って全然食べず、また寝てしまい・・・。
さっきやっと目を覚ましましたが、ニコニコしてヘンなひとり言を言っているので、もう大丈夫みたい。
身体が大きくなったので、薬の量が足りなくなったのでしょうか・・・。ちょうど夏休みに脳波検査や主治医の先生の診察があるので、相談してみようっと・・・。

なんて言って、ホントは単に体力がないだけだったりして!
だって、このひょろひょろ加減ではホントに風に飛ばされそう。身長は私より10cm以上高いくせして、体重は私と同じ・・・。イヤ、これは参考にならないな(^_^;)

やっぱり粗食はやめて、毎日“肉食”にしようかなぁ~・・・。




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2006年7月 3日 (月)

バス事件顛末

今朝、先日のバスの運賃の件で、てっちゃんとふたりでリョウヘイの学校に行きました。
このあいだの運転手さんの言うことが正しいのなら、きちんとその分の運賃を支払うので、バスの運転手さんに障害児の運賃のしくみを周知徹底してもらうよう学校から申し入れてもらえないかと、お願いしに行ったのですが、あっさり「親御さんとバス会社で個々に対応してほしい」とのお返事。学校は介入したくないみたい。でも、ウチだけの問題じゃなくて、今まで無料パスで乗っている子は多いから、今後もこういうことがあるとまずいんじゃないかなぁ。特に県立の養護学校なんだから、通学だって学校と関係ないことではないはずなのになぁ。ちょっとガッカリしました。

それなら自分たちで言おうと、その足でバスの営業所へ。
主任さんに話を聞いてもらったんですが、対応は悪くありませんでした。
定期券売り場などは電鉄の社員が委託されてバスのこともやっているので徹底できていなかったのは申し訳ない、とか、今まで川崎市分も無料で乗っている子どもが多いことは運転手さんから報告が出ていたので学校に申し入れていた、でも相変わらず無料パスで乗る子が多いのでその子たちに言ってもわからないだろし、どうしようもなかった、とかいうお話でした。周知徹底できていないというよりは、たいていの運転手さんは見逃してくれていて、たまたま生真面目な運転手さんがリョウヘイに注意したらしいのです。話を聞く限りでは、バス会社はバス会社で、困っていたみたいなのです。どちらかといえばバス会社よりも学校の対処が悪かったんじゃないか~という印象でした。
結局、川崎市分の100円は支払わなければいけないものだけど、どうにかならないか考えてみると言ってくれて、無料にはならないにしても、子どもたちにわかりやすく支払いやすくするにはどうしたらいいか考えましょう、と言って下さいました。
ワタシたちはもちろん、100円払うのが惜しくて言っているわけではなかったので、誠意を持って対処してくれたことに感謝して、返事を待つことにして営業所をあとにしました。
それにしても・・・学校は頼りにならない!

そのあと、ちいちゃんのおウチで、『ニコニコ会』のビーズ講習会がありました。
『ニコニコ会』は、リョウヘイが小学校2年生のとき同じクラスだったお友だちのママ仲間で結成?したグループで、子どもたちはそれぞれ高校生になって違う学校に通っていても、ママたちはずっと仲良しで、ランチをしたり、アウトレットモールやコストコに買い物に行ったり、時々はこうしてビーズを作ったりして楽しんでいます。
同じクラスといってもリョウヘイは交流させてもらっていただけなのに、こうしていつまでも仲良くしてもらえるのは、とってもありがたいのです。

苦手だと思っていたビーズも、やってみればできるもんだなぁ~♪
かわいい指輪が完成。
実はビーズひとつにテグスを通すところ、ふたつに通っていたりするんだけど・・・気にしないっと!

バス事件のこともすっかり忘れ、楽しいひとときを過ごしたのでした。




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2006年6月30日 (金)

怒りのやり場がない!

今日はグチになってしまうんですが・・・ごめんなさい~!

今日はモエの友だちのママたちをお招きしておしゃべりし、夕方は置き薬のお兄さん(大のサッカー好き)とワールドカップの話で盛り上がり、楽しくストレス発散したのに、一本の電話によって、またまた“タケちゃん怒りの鉄拳!”だったのです。

電話は、リョウヘイの担任の先生からでした。
「今日、リョウヘイ君、落ち着いてますか?」と・・・。
「何かあったんですか!?」イヤ~な予感・・・。
お話によると、リョウヘイが帰りにバスに乗って、いつものように無料パスを見せたら、運転手さんに怒られてしまったらしいのです。「これは横浜しか使えない」と。
リョウヘイが乗るバスは、横浜市と川崎市をまたいでいて、行きは横浜市から乗るので無料パスが使えるけど、帰りは川崎市から乗るので、横浜市に入る前の1ブロック分だけ、お金を払わなければいけないとのこと。
それで、バス停当番の先生がリョウヘイをバスから降ろし、その1ブロックを歩いて、次のバス停から乗せたと言うのです。

しかし、横浜と川崎をまたぐからその分の料金はどうなるのか、そんなことは当然3月の時点で調べてありました。
途中で「ダメ」なんて言われたら混乱してしまうリョウヘイだから、最初にしっかり調べておかなければと思い、バスの運転手さんにも何回も聞いたし、定期券売り場でもしつこく確認したし、バスの営業所にも電話で聞きました。
その上で、帰りも無料パスは使えると言われたのです。
これは、数人のお友だちもそれぞれ確認して、みんなで「川崎の分も大丈夫なんだね、よかったよかった」と喜び合ったのですから間違いありません。
そして、3ヶ月、そうやって無料パスで乗ってきたのです。
それなのに、今さら・・・。もちろん、今日の運転手さんの言うことが正しいのなら、それに従うつもりだし、1ブロック分のお金を払うのがもったいないと言っているわけではありません。
いつもいつもいっつも言っているように、同じ組織なのにその時によって言うことが違うからアタマに来るんです!!!
初めからその1ブロック分はお金を払うのだとわかっていれば、ちゃんとそのようにリョウヘイに教えたんです。
でも、やっとひとりで帰れるようになったと思ったとたん、また違うやり方を教え直さなければならない大変さ。初めて教えるより、今までのやり方を変える、そのほうがよほど大変なんです。
こういうことがあるとイヤだから、あれほど何度も確認したのに・・・と思うとハラが立ってハラが立って・・・。
友だちに言ったら、何のために今までの3ヶ月間毎日付き添って教えてきたんだか・・・とあきれていました。

何よりも、いつものようにバスに乗って、いつものように無料パスを見せたのに、運転手さんに怒られて、先生にバスを降ろされて、わけのわからないまま次のバス停まで歩かされたリョウヘイの気持ちを思うと、かわいそうでなりませんでした。
もちろん先生もいっしょに歩いて下さったのですから申し訳なかったですが・・・。でも、それがパターン化されたら困る。それにパニックを起こさなかったからよかったけど、その場でご一報いただきたかったわ・・・。

こうなったら2日ぶりのワールドカップを徹夜で見て、またストレス発散するしかない。
リョウヘイはストレス発散できたのかな・・・。

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2006年5月21日 (日)

先週一週間・19日(金曜日)

この日はリョウヘイの担任の先生と、進路についての面談がありました。

リョウヘイの学校の高等部は、3つのコースに分かれているのですが、リョウヘイはその中の「自立支援コース」を選択。
そしてそのコースの中に3つの作業班、「木工」「やきもの」「農作業」があります。
中学のころ、リョウヘイはかなづちで釘を打ったり、のこぎりで木を切ったりするのが上手でした。小さいすのこから、大きなベンチ、とんぼ(グラウンドの土をならす道具)などまで、器用に、意欲を持って作っていたので、リョウヘイは「木工」と最初から思っていました。

ところが、面談で、木工の授業ではリョウヘイは集中できておらず、今のところで見ると「やきもの」のほうがいいかも・・・とのこと。
集中力がないか・・・。中学のときは木工が大好きで集中して取り組んでいたんだけどな・・・。
でも先生のお話を聞くうちに納得しました。
もう何度もワークの授業があったのに、今まで机のやすりがけ(紙やすりで)しかしたことがないと言うのです。
それは、機械や道具がまだ何もないから。
新しい学校で、準備が大変なことには、理解しようとがんばっているつもりです。
でも、まだ何も道具もなくて、机を紙やすりで磨くことだけしかできないのでは、「木工」が子どもに合っているのか、どの班にするか、決められるわけないじゃないですか。
それで面談もなにもあったもんじゃないと思うのですよ・・・。
かなづちやのこぎりくらいは、どの学校だって木工には使うんじゃないの?
いくら新設の学校だっていったって、基本的な道具ぐらいは揃えておけたんじゃないかなぁ・・・。

その後「木工」の授業を見学させてもらいましたが、案の定、リョウヘイは紙やすりで机をこすってそれがなんなんだかわかっていない様子。
そりゃ、木工っていったって、のこぎりやかなづちを使うことだけが作業ではないでしょう。紙やすりで板を磨くことだって重要な仕事だと思います。
でもやり方も、ただ紙やすりを渡されて「はい、机をゴシゴシやって」って言われたって、自閉症の子どもにその意図がわかるわけがありません。
どこからどこまでやればいいのか、どうなったら終わりなのか、もっとわかりやすくしてあげないと、やってることの意味がわからないのです。
先生に、「たぶんリョウヘイに集中力がないのは、自分が何をどのくらいまでやったらいいのかわからないからだと思います。たとえば線を引いて、『この中をやって』というだけでだいぶ違うと思うのですが」と言ったら、「そうなんですか?じゃ、さっそくやってみます」って・・・。

う~ん、養護学校って、もっと先生方がプロなんだと思っていた・・・。
生徒は自閉症の子どもだけではないでしょうが、自閉症の子が多いのも事実。
それくらいの基本的な特徴ぐらいは捉えているのでは・・・?
ワタシが甘かったのか?

またまたここのブログがグチモードになりそうな予感が~~~!!!



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先週一週間・17日(水曜日)

16日(火曜日)は買い物に。
翌々日に、OLのときの友だちと一年に一度のお食事会なので、そのとき着る服を見に行きました。
白いパンツを購入。マリンっぽい感じで決めてみようかしら。

そのあと例のごとくリョウヘイの帰りを待ち伏せ。
もうひとりで帰れそうです。


・・・と喜んだものつかの間、17日(水曜日)。

朝、いつものように、リョウヘイが降りるバス停で待ち伏せしていました。
てっちゃんから、「○○番のバスに乗ったからよろしく!」という電話を受け、そのナンバーのバスを待っていたら・・・
そのバスがものすごいスピードでバス停を通過ーーーっ!!!
ちょっとーーー!!!リョウヘイを降ろしてくれーーーっ!!!

どうやら、バスのボタンを押せなかったらしい・・・。
バスを追いかけようにも、ものすごいスピードで行ってしまったのでどうしようもなく、しかたないのでバスの営業所へ行き(ラッキーなことにすぐ近くに営業所があるのです)、事情を説明したら、親切に「いっしょに探しましょう」と言って下さいました。
そのバス会社の方は、終点のバス停に問い合わせてくれて、その間ワタシはそのあたりを探すことに・・・。
ナビで検索したら、どうも学校の近くにいるもよう。
そこで学校の近くまで戻り、チェックポイントに立っている先生に「ウチの子見かけませんでしたか?」と聞いたら、「リョウヘイくんなら、今挨拶してくれて学校のほうに歩いて行きましたよ」。
「えっ!?学校行ってるんですか!?」
学校に電話したら、「リョウヘイくん?来てますよ~」。
チェックポイントの先生に聞いたら、「バス停とは逆のほうから歩いて来た」とのこと。
ということは、バス停で降りそこなって、次のバス停で降りたのか、運転手さんに何らかのアピールをして途中で降ろしてもらったのか・・・。
時間的に、そんなに遠くまでは行かなかったはずなので、たぶん次のバス停かその前に降ろしてもらったと想像できます。

なんだ、やるじゃん、リョウヘイ・・・。
所定のバス停で降りられなかったのはマズいとしても、そのあとの対処はできたんだなぁ。
喜ぶところじゃないけど、でも、世の中には想定外のできごとがたくさんあるわけだから、そういう状況で自分で判断して行動できるかは大事なこと。

・・・しかし、今まではやっぱり、ほかに友だちが降りていたからなんとなく自分も降りていただけだったんだなぁ~。

この先、降りるのが自分だけということだって、当然あるはず。
ちゃんと自分の降りるべきバス停を理解して、その前にブザーを押すことができるようになるまでは、もう少しいっしょに通って教えていかなければならないようです・・・・・。


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2006年5月12日 (金)

まちぶせ

「夕暮れの街角 覗いた喫茶店・・・♪  by石川ひとみ」・・・・・・じゃなくって!

なかなかブログの更新やみなさんのブログ訪問ができない今日この頃です・・・。

なんか疲れちゃってます。
GW疲れもあるんだけど、やっぱりなんといっても「探偵」疲れ。

リョウヘイを尾行&待ち伏せするという「探偵業」はまだ続けています。
朝は、電車を降りるところまではてっちゃんがいっしょに行き、バスにひとりで乗せ、ワタシに「今乗った!」と電話。
ワタシは学校の近くの降りるべきバス停へ車で先回りし、待ち伏せしていて、リョウヘイがちゃんと降りるか確認。
今日なんて、リョウヘイってばそのバス停で降りる気配がない!バスが止まってドアが開いても立つ様子がなく、座席に座ったままなのです。
「おい!早く降りろ!ドアが閉まって発車しちゃう!」と、ワタシは車の中で叫んでいました。
すると、しばらくしてからゆっく~りタラタラ~と降りました。
あとで聞いたら、てっちゃんが運転手さんに頼んでおいたらしく、運転手さんが「降りるんだよ」と言ってくれたみたいです。はぁ~。

帰りはモエを乗せて車で学校に行き、リョウヘイには車で来たことがバレないようにして、「リョウちゃん、ひとりで帰るんだよ」と言い聞かせて、ワタシたちは車でバス停に先回りし、また待ち伏せ。
待ち伏せしていたのは、バス停から死角になっている駐車場。たくさん車が止まっているのでワタシたちの車も目立ちません。
さぁ、リョウヘイがバス停にやって来ました・・・バスにちゃんと乗れるかな・・・。
バスが来て、みんな乗車し、発車しました。
おお、乗ってる乗ってる・・・と思ったとたん、なんとリョウヘイがワタシたちに手を振っているではありませんか!!!
完全に待ち伏せがバレていた・・・。
でも、バスが来るまでは絶対見つかっていないと思うから、バスの中から見つけたのか、それとも「どうせどこかで待ち伏せしてるんだろ」とわかっていたのでしょうか・・・。恐るべし、自閉症児の嗅覚。絶対にそういう能力があると思います。
ともあれバスには乗ったので、それからワタシたちは急いで車を飛ばして、今度は家の最寄の駅に先回りし、またまた待ち伏せ。ちゃんと電車を降りて来るかの確認です。も~イヤ、こんな待ち伏せ人生。
すると改札からヘラヘラ出て来ました。ここで待ち伏せしていることはさすがにバレなかったもよう。
バスに乗ったのを見届けてから、やっとホッとして、買い物して帰りました。

・・・というわけで、どうやら帰りはひとりで帰れるようになりました。
でも、マナーやルールを守っているかも心配だし、まだ当分は待ち伏せ&尾行人生かな・・・。
安心してひとりで登下校させられるのはいったいいつのことでしょう・・・。

「もうすぐ私きっとあなたを振り向かせる~♪」
イヤイヤ、振り向いてほしくないんだけど、尾行してるとすぐ振り向くリョウヘイ。

後ろにも目があるんでしょうか!?



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2006年4月26日 (水)

恋の季節

このタイトルで“ピンキーとキラーズ”思い出した人。トシがバレますよ(笑)・・・。
あ、いないか・・・。

春は恋の季節ですねぇ~。

このあいだ、リョウヘイのお迎えに行ったときのこと。
同じ学年はみんなだいたい同じ時間に下校するので、バス停まで、そして最寄りの駅までのバスの中もいっしょ、ということが多いのです。
その日も、バス停までの道のりをみんなでいっしょに歩いていたら、なんと、その中の男の子と女の子が、手をつないで歩いているではありませんか!しかも2組!その子たちは、最寄りの駅まではひとりで(親なしで)帰る子たちです。
その後ろを歩いていて、注意してやめさせるべきかそのままにしておくべきか、すごく迷いました。
もちろん、自分の子だったらやめさせるところですが、バス停までのポイントに立っている先生方も全然注意しないし、「この子たちだって、好きな男の子や女の子と手をつなぎたいんだ」とか、「恋する気持ちは障害があろうがなかろうが誰だって同じなんだ」とかいう考え方もあるじゃないですか・・・。
でも、現実には、恋とか愛とかそこまでの気持ちではないだろうし、理性や思慮というものは、悲しいけどやはり欠けているだろうし・・・。
第一、健常の子だって、制服で手をつないで歩いているのはどうなんだろう・・・?(経験ないからわからん!)
結局、駅で待っていた、その子たちのお母さんのひとりに何気なく言いました。
そしたらお母さん血相変えて、その子のことを叱るんですよ。
ワタシ、責任を感じると同時に、なんだかせつなくなってしまいました。お母さんの怒りたくなる気持ちもわかるけど、その子にとっては怒られるようなことではなかっただろうから。
こんなことなら、ワタシがさりげなくやめさせればよかったなぁ、と反省・・・。
そしてあらためて、「やっぱり年頃なんだなぁ~」と思いました。

世の中には男と女がいて、誰だって異性を好きになるようにできている(多くの人は)。
歌だって小説だって映画だって、たくさんの恋愛を描いている。
こう言うと語弊があるかもしれないけど、やっぱり恋愛は人生の一大イベントです。

「男が女を好きになるのは普通のことでしょ」  
                          (「8月のクリスマス」主人公のセリフより)

リョウヘイははたしてどうなんだろうなぁ~・・・。今んトコ、全然そんな兆候は見られないけど・・・。

それにしても、女の子たち!
なぜリョウヘイと手をつなぎたがる子がいないんだ!?
リョウヘイ、男の子の中で一番イケてると思うんだけどな~~~!(親バカ)

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2006年4月21日 (金)

家庭訪問がありました。

今日はリョウヘイの担任の先生の家庭訪問がありました。
なので今日の我が家はキレイです(笑)。

主担任の女の先生(40歳)と、副担任の男の先生(42~3歳?)がいらっしゃいました。
学校でのリョウヘイの様子もわかったし、ワタシも家での様子や、学校に対する要望などを伝えました。

どうやらリョウヘイは学校でもスローペースで有名らしい・・・。

朝、学校に行くと必ず運動の時間があるのだけど、リョウヘイは始業時間前に学校に着いているにもかかわらず、みんなの運動が終わるころに着替え終わるとのこと!オイオイ!それはマズいんじゃないの!全然運動してないってことじゃん!
先生はリョウヘイを早く着替えさせるのに困っておられるようだったので、来週から砂時計とタイマーを持たせることにしました。目からの情報のほうが入りやすいので、砂時計を使ってこの砂が落ちる前に着替えを終わらせましょう、と教えるとわかりやすいと、以前自閉症協会の先生が教えてくれました。ウチではそれでまぁまぁ成功しているんだけど・・・学校でも効果を発揮するといいなぁ。
更衣室に大きな鏡があって、リョウヘイは鏡が大好きなのでそれで遊んでいて着替えが遅いみたい・・・。ほかの子は使えるように、でもリョウヘイからは見えないようにそれを隠してほしいとお願いしました。
鏡ばかり見て遊んでいるので「ナルちゃん(ナルシストの「ナル」)」なんて呼ばれていました。ったく~!

それから給食も超スローペースらしく、ほかの子の半分ぐらいしか食べていないもよう。たぶんそれは、給食がリョウヘイの好みではないんでしょう。好きなものなら食べるの早いですから。でもキライなものをいくら早く食べろと言ってもムリ。結局もともと盛る量を減らしてもらって、食べられるときはおかわりをさせることにしてもらいました。
先生が、「給食が一番苦労しています」とおっしゃっていました。そうか~。
小さいころは今と比べ物にならないくらい偏食がひどかったから、訓練会の合宿で3日間何も食べなかったこともありました。キライなものはいくらおなかがすいても食べなかったのです。それに比べれば今なんてしあわせなんだけどな。

というように、相変わらずのろのろペースで、先生を困らせているらしいリョウヘイでした。

でも、誉められた点もありました。
いつも身だしなみがきちんとしていて清潔で気持ちがいいと言われたのが一番うれしかったです。だって、人は見た目が9割だから(また言ってる)、せめて格好だけでも・・・と思い、リョウヘイのファッションやヘアスタイルには、ワタシ、すごくこだわってるんだもん。
ええ、もちろんてっちゃんの格好より気合入れてチェックしてるし、てっちゃんよりいいもの着せてます。

そして最後に言われたのは、
「穏やかでニコニコしていて、リョウヘイくんって“癒し系”ですよね」。
う~ん“癒し系”か~。小学校時代から言われてたのよね。
でも、ワタシはニコニコした癒し系はタイプじゃないんだよね・・・。

・・・って、息子にワタシのタイプを求めてもしょうがないんだけど・・・。


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2006年4月20日 (木)

オバサン探偵奮闘記

うれしいことがありました。
昨日、リョウヘイが学校の最寄りの駅からひとりで家まで帰れたのです。

ちょっと説明しますと、リョウヘイの帰りの通学経路は以下のようになっています。

学校→バス停→学校の最寄りの駅(A駅)→我が家の最寄りの駅(B駅)→バス停→家
  (徒歩) (バス)            (電車)              (バス) (徒歩)

リョウヘイは、我が家の最寄りの駅(B駅)から家まではバスで帰れるようになっていました。
しかし、学校の最寄りの駅(A駅)から家まで帰るには、ほんの4駅だけとはいえ電車に乗るわけですから、彼にとっては難しいものがあります。

昨日はA駅で、「ママは買い物して帰るから、リョウちゃんはひとりで家に帰ってね」と何度も言って別れました。
まずB駅方面のホームに行けるか・・・。よし、それはクリア。逆方面に乗ってしまったらとんでもないことになります。
エスカレーターを上って行ったのを見届けて、ワタシは反対側の階段からホームへ上りました。
ホームの柱に隠れてリョウヘイのほうを覗いたら、ワッこっちを見てる!
でもどうやら気づかなかったらしく、ホッ。
さて、電車が来ました。キャー!急行が来ちゃったよ!各停だとB駅は4駅目だけど、急行だと次なんです。降りられるかなぁ・・・。
リョウヘイが乗ったのを確認してワタシは別車輌に飛び乗りました。
お昼で車内は空いているので、人の陰に隠れて座りました。リョウヘイは立ってつり革につかまっていました。
あっという間にB駅に到着。さぁ、降りるか、リョウヘイ!?
もし降りなかったらどうしよう。慌ててリョウヘイのところへ行って「降りるのよ!」と言うか、それともそのまま乗って行ってどうするのか様子を見るか・・・。
決断できないうちにドアが開いてしまい・・・。
すると、当たり前のようにリョウヘイは電車を降り、階段を下りて行きました!
やった!
それからは慣れたもので、改札を出て、バス停に向かいました。
ワタシは例のごとく、駅ビルのドラッグストアの窓から見ていました。すみません、Tドラッグさん。
少し待っていたらバスが来て、無事乗車。ふう。めでたい。エライぞ、リョウヘイ!
列に並ぶとか、奇声を発しないとか、シルバーシートに座らないとか、とりあえずマナーも合格でした。

それにしても、尾行って大変。
リョウヘイはわりと背が高いので見つけやすいんだけど、その代わり向こうからも見やすいのかなぁ。時々フッとこっちを見るのですよ。イヤ、見てはいないのかもしれないけど、見てるような気がするんですね。
普通の探偵の尾行も大変だと思うけど、顔を知られている親が、バレないように尾行するのは本当に難しい!
薬局で何も買わずに窓から外をうかがってたり、ホームの柱の陰からチラチラどこかを覗き見たり、空いている電車なのにピッタリ隣りに座ってきたりするオバサン、さぞかし不気味でしょうね~。

でもこれからも、当分の間、ひとりで帰して尾行を続けるつもり。
学校からひとりで帰れるようになるまで、オバサン探偵がんばるぞ。

あ、雰囲気出すために&バレないように、トレンチコート着て帽子とサングラスとマスクして変装しようかな。

・・・・・って、怪しすぎて目立っちゃうってば。

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2006年4月14日 (金)

揺れる親心

最近なかなかみなさんのブログに行ってコメントを書くことができなくて、ごめんなさい!
なんだか毎日バタバタです。

今日は弱虫な私のボヤキを聞いて下さい!

入学式以来、リョウヘイの送り迎えをしています。
行きはてっちゃんが付き添って、バス→電車→バスを使って登校。帰りは私が学校の昇降口まで迎えに行き、バス→電車→バスで帰宅です。

バスと電車での通学は、この子たちにとってとても大変なことです。
電車もバスも混んでいる。
定期券を自動改札に通すことも初めての経験。
電車は急行でも各駅でも乗れるけど、いくつめの駅で降りるかは急行と各駅で違う。
降りるバス停自体はわかっていても、どこでブザーを押したらいいのか。
帰りのバスは、駅が終点のバス以外に、途中までしか行かないバスもあるし、違う駅まで行くバスもあるので、それらのバスには乗らないようにしないといけない。
シルバーシートには座らないように。
途中でトイレに行きたくなったら?
もし定期を落としてしまったら?
・・・・・・などなど、心配は数限りなくあります。

道順を覚えるのは健常児より得意だから、一度で覚えたみたい。
昨日からてっちゃんは、学校の最寄りのバス停でバイバイをして、ひとりで行かせてみたとのこと。そして尾行してみたら、ちゃんと学校まで行けたということで、今朝は尾行なしにバス停で別れたそうです。
ならば帰りも・・・と思い、家の最寄りの駅で、「ママは買い物して帰るから、ひとりで帰ってね」と言ってバイバイしました。
そして駅ビルのドラッグストアの窓からこっそり見ていたら、いつも乗るバスの列にちゃんと並んでバスを待っていましたが、私の姿を探している様子で、何度も後ろを振り返ったり、キョロキョロしていました。
それを見ていて、涙が出そうになっちゃった。
きっと、とても不安なんだ。
中学校のとき、家の最寄りの駅から家まで帰る練習は何度もしてくれたから、降りるバス停や道順は当然わかってる。でも、いっしょに家に帰るはずのママと、なんでここで別れるんだろう・・・と思ったのだと思います。
私の失敗でした。
てっちゃんが行きに学校の近くのバス停で別れたのは、本人も、「ここからはひとりで行くんだな」ってわかるけど、下校の際に迎えに行っていっしょに帰って来ておきながら、家にいっしょに帰らずに最寄りの駅で別れることは、彼にとってわけのわからないことだったに違いない・・・。
悪いことしちゃったな。
そして、私が駐車しておいた車に乗って帰ろうとしたとき、モエから、「リョウちゃんひとりで帰って来たよ、いいの?」と電話がありました。
妹も、ママが迎えに行ったはずなのになんでリョウちゃんがひとりで帰ったのか心配になったようです。
またまたじーんときてしまいました。

リョウヘイは2歳のころから、厳しいことで有名な地域訓練会に通っていて、何でも自分でできるようにすることを常に言われてきました。
学校が通学練習をしてくれないなら、親が教えてひとりで通えるようにするしかない。私はそう信じて疑いませんでした。
昔まだ独身だったころ、作業所に通っている子ども(もう30歳過ぎていると思うけど)に、お年寄りに近い母親が付き添っている姿を、バスの中でよく見かけました。
しかも、大きな身体をした彼は座席に座って、お母さんは立っているのです。
リョウヘイに将来どういう人になってもらいたいかを考えるとき、その光景が目に浮かぶのです。
身体に障害があるならともかく、リョウヘイにはああいうふうにはなってほしくない、私もああいうふうにはなりたくない。

でも・・・。
養護学校の友だちのMさんは、
「親子でがんばってひとりで学校に行けるようになったとしても、そのほかの場所にひとりで行けるわけじゃないじゃない?ひとりで登下校できるに越したことはないけど、それはこの子たちにとって苦痛を伴うこと。そのために無理をさせるより、親が送り迎えすれば済むことじゃない?親もそのほうがかえって楽だよ」
と言うのです。
まして、我が家は車で送り迎えすれば片道ほんの10分。
片道1時間かけてひとりで通わせるより、10分で送り迎えしてあげたほうが、お互いに心身ともに楽かもしれない。子どもはひとりで行動する不安もなくなるし、親だって「今ごろちゃんと電車に乗ったかな」などと心配する必要もない。
将来的にも、リョウヘイの場合、ひとりで自由にいろいろな場所へ行けるわけではなく、誰かが介助するのだろうから、今そんなに無理させて「ひとりで」やらせることはないのかも・・・。


そんなこんなで、正直、心が揺れているのです・・・。
「親が迷っていてどうするの!」
って、誰か私を叱って下さい~~~!!!


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2006年4月11日 (火)

あと3年・・・。

今日はリョウヘイの養護学校の入学式でした。

学校は、車だったら家から10分かかるかかからないかのところにあるのですが、リョウヘイの通学練習のためにバス→電車→バスと乗り継いで行ったので、1時間かかりました。毎度のことながら、履きなれないパンプス、足がつっちゃいました(笑)。

でも、学校はこの3月にでき上がったばかりなので、施設は真新しくてとてもキレイです。
正直言って、昔、ほかの養護学校に初めて見学に行ったときは、ちょっと凹んでしまったほど古くて暗い迷路のような建物だったので、校舎が新しくて明るいだけでもかなりポイントは高いと思います。
リョウヘイはその昔、療育センターも新しくでき上がったときに入園したので、そういった意味では幸せモノ。

ただ、いくら校舎がキレイでも、やはり大事なのは中身です。
リョウヘイにとって、「養護学校」は初めて。今までの地域の学校には、障害児教育に関する知識や技術を多くは求められない現実がありました。
でも今度は、新しい養護学校ということもあり、障害児教育のプロフェッショナルが揃っているのでは・・・と、とても期待が大きいのですが・・・果たしてどうでしょうか。

リョウヘイのクラスは生徒が8人で担任が2人+副担任が1人。
リョウヘイのほかの7人のうち、ひとりを除いて6人が療育センター時代や小学校時代の知り合いでした。狭い世界だわ・・・。
クラスは知っている顔ばかりなのでちょっと安心しましたが、全体的に見ると、けっこう個性の強烈なお母さんがいっぱいいそうで、タケちゃん、不安です~!(みんなそう思ってたりして)

式の最中、小学部の子たちは大変そうでした。この子たちにとって、式典ほどわけのわからないものはなく、そのわけのわからない状況の中じっと座っていなければならないのは、苦痛以外のなにものでもないのです。
リョウヘイも小学校の入学式のとき、あんなだったっけ・・・。
それに比べると今は当然のことながら、落ち着いて席に座っており、国歌など一生懸命歌っていました。
そんなリョウヘイの姿を見て、やはり月日の流れとともに成長していることを実感しました。

さて、これからここに3年間通い、卒業後はいよいよ「社会人」です。
「学校」に守られて過ごせるのもあとたった3年。

当面は、家から学校まで、安全に、かつ周りに迷惑をかけないように、ひとりで通えるようになることが第一目標です。
2~3週間ぐらいは送り迎えをしつつ、だんだんとひとりで通えるように指導していこうと思っています。
がんばれ、タケちゃん!!!


・・・って、リョウヘイじゃなくてタケちゃんかいっ!!!(自己ツッコミ)



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2006年3月10日 (金)

涙の卒業式

3月の冷たい雨の一日。
今日はリョウヘイの中学の卒業式でした。

小学校の卒業式では、ハラハラドキドキで泣くタイミングを逸し、今ひとつ感慨に浸れなかったのですが、今日は先生が、「お母さん、安心して見ていて下さい。立派にひとりでできますから。」と言って下さっていました。

先生のことばどおり、卒業証書の授与も、校長先生に促されながらも、壇上でひとりで証書を受け取ることができました。
そのときはさすがにグッときましたが、そのあとは「意外に泣かずに終わるかも?」という感じでした。

ところが、式終了後、卒業生たちからのプレゼントということで、「大地讃頌」、「3月9日」の歌が始まったら、もう、涙、涙・・・・・。
特に「3月9日」は、先生から「練習して下さい」と言われて、ビデオクリップを何度も何度も見せながらいっしょに歌って練習していたので、リョウヘイがみんなといっしょに一生懸命歌っている姿を見たら、ビデオも撮っていられなくなるほど泣けてしまいました。

「新たな世界の入口に立ち 気づいたことはひとりじゃないってこと」

「瞳を閉じればあなたが まぶたの裏にいることで 
どれほど強くなれたでしょう あなたにとって私もそうでありたい」・・・・・

まさに、今の私たち家族の気持ちです。

それから、先生方への挨拶廻りをしたり、写真を撮ったりおしゃべりをしたりして、一次会(?)終了。

二次会(byちいちゃん)は、お寿司屋さんで1,2組合同の食事会。もちろん生徒もいっしょです。お母さんはお仕事で来られない人も数名いましたが、生徒は全員出席。

こんなに親子みんなが集まるチャンスはもうないので、3年間の感謝の気持ちをどうしても伝えたくて、少し時間を取ってもらうつもりで、いろいろと言葉を用意していました。
お母さんがひとことずつ自己紹介する時間があったのでそこで言おうと思ったのですが、いざ話し始めたら、こみあげてくるものがあり、何も話せなくなってしまって・・・。
本当はもっとたくさんたくさん、言いたいことがあったのに・・・。
「がんばれー!」と声をかけられて、ようやく最低限の言いたいことは言えました。

みんながやさしく声をかけてくれたりフォローしてくれたりしたことも本当にうれしかったけど、私たちが一番嬉しかったのは、みんなが当たり前にリョウヘイを受け入れてくれていたこと、そこにリョウヘイがいるのが自然だったこと・・・。

リョウヘイは私が泣いているのを見て、自分も立って私の顔を心配そうに覗き込んできました。
そしてリョウヘイも「ありがとう」とひとこと言うことができました。
みんなから拍手をもらって、とてもうれしかったです。

普通の中学校の個別支援学級は、やはりリョウヘイのレベルではかなり厳しく、途中、めげそうになったこともありました。
ここでも何度かグチってきたように、正直言って「学校側」の意識に対してまったく不満がなかったわけではありません。
そんな中、リョウヘイも本当にがんばったと思います。誉めてあげたい。
でも、お友だちの支え(支えているなんていう意識はないと思いますが)があって、なんとかここまでやってこられたんだと思います。
これからも、険しい道が待っているかもしれないけど、たくさんの人に支えられてがんばっていってほしいな。

今日はセンチメンタルで、こんなこと言うのはいつもの私らしくなくてちょっと恥ずかしいけど・・・。
私、今日ほどリョウヘイを愛しいと思ったことはないかもしれません。



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2006年1月30日 (月)

唯一の悩み

毎週月曜日と木曜日は、リョウヘイをヘルパーさんにお願いする日です。

リョウヘイのヘルパーのIさんは50代半ばの男性で、とてもいい方です。
本当は、ヘルパーの仕事の中に、学校の送迎や弟妹児の世話は認められていないのですが、とにかく家族全体のことを考えてくれる方なので、なんとかうまい理由をつけて違反にならないようにして、学校の送迎などもしてくれるし、ワタシが熱を出したときモエを保育園に迎えに行ってくれたこともありました。

Iさんは以前、若くして大きな会社の役員さんをしていました。
ところが、10年ほど前に、脳溢血だか脳梗塞だかの脳の病気にかかり、しばらく会社に復帰できず、とうとう退職せざるをえなくなりました。
今まで会社で責任のある仕事を任され、バリバリ働いてきたIさんにとって、それは精神的に相当な打撃であり、実際少し鬱症状になってしまったそうです。

そのとき、人生観が変わったと言います。
そして今の仕事をするようになりました。
たぶん、昔の会社役員の自分のままだったら、このような仕事は発想になかっただろうとおっしゃっています。

人には、このように人生観が変わるできごとが起こることがあります。

まさに、ワタシにとってはリョウヘイの障害がわかったときがそうでした。

それまで、ワタシは中高大学を出て、就職をしてホワイトカラーの仕事をして、結婚して・・・という人生が「普通」だと思っていました。それはてっちゃんも同じでした。
リョウヘイが生まれたとき、てっちゃんは冗談半分に、「リョウヘイにはサッカーをやらせて、将来は慶応大学に入れる!」なんて言っていました(サッカーをやっている子や、慶応ボーイは女の子にモテるから、という理由らしい。自分がモテなかったもんだから、息子に夢を託していたのね)。
ワタシだって、長男であるリョウヘイにはいろんな夢を抱いていました。

でも、その夢は2年と3ヶ月で脆くも崩れ去りました。

そして、障害がわかってから13年半の間、たくさんの葛藤がありましたが、でも今は、「この子はこの子のままでいい」と思えるようになりました。
世の中にはいろいろな人がいて当たり前、どのような人生がいいということはない、人生をどう生きていくかが大事なんだ。そして、様々な人や職業やその生き方に、「普通」も「普通じゃない」もないんだ、どれも大事なんだ、とも、思えるようになりました(まだまだ未熟でそう冷静に考えられない日もありますが・・・)。

それも「人生観が変わった」と言えるのだとしたら、それはリョウヘイが障害を持って生まれてきて、教えてくれたことなのです。

ヘルパーさんも、よく「リョウちゃんには本当に感謝している」と言って下さいます。
ワタシもリョウヘイや周りの人たちに感謝しています・・・(リョウヘイには“飛び蹴り”食らわすこともあるけど・・・笑)。

ただ・・・ヘルパーさんは人生観が変わってから思想・哲学に傾倒しているようで、ワタシにカントやらニーチェやらのお話をして下さるんですが・・・。

こんな俗物のワタシにそんな話をされても、ちんぷんかんぷんでさっぱりわからない・・・。
それがヘルパーさんに関する唯一の悩みなのです・・・。

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2006年1月25日 (水)

リンゴジュース

今日、リョウヘイの連絡帳に、
「今日は朝から攻撃的でした。○○先生にも向かって行ったので驚きました。(略)疲れました。」
と書かれていました。
最後に書かれていた「疲れました」というひとことにはちょっと凹みました。
確かにリョウヘイを指導するのは大変です。疲れると思います。
でも、先生に「疲れた」と言われたら、こちらはなんと言ったらいいのでしょう。
「腹が立ちました」と言われるのはいいのに、「疲れました」と言われるとイヤ。不思議です。

何気ないひとことが、時々胸にチクチクッときたり、妙に気になったりすることがあります。

幼児の頃、リョウヘイがお世話になったある児童精神科のドクターが、ワタシに、
「リンゴジュースはどんなに薄めても水にはなりません」と言いました。
「それは、自閉症児はどんなにがんばっても健常児にはならないということです」

同じことを何度も言われたし、ほかの人もみんな言われていたみたいです。
当時のワタシはすごくショックを受けました。
「障害は“治る”ものではない、障害児を“治そう”と思わず、受け入れましょう、障害を持ったままでどうすれば生きやすいのかを考えましょう」
ということを伝えたかったのだと思いますが・・・。
もうちょっと違う言い方があるでしょ!っつーの。

もちろん今なら、
「リンゴジュース、いいじゃん!水に近いリンゴジュースなんてマズイし。おいしいリンゴジュースをめざそう♪」
と思えますけどね。


ワタシも知らず知らずのうちに誰かをことばで傷つけているかもしれません。
特にブログなんて書いていると、自分の思っていることが伝わっていないばかりか、全然違う風に伝わってはいないかと、時々心配になることがあります。

リョウヘイはことばを話せなくてつらいだろうなぁ、と常々思っているけれど・・・。
でも、ことばって、難しいものなんですね・・・。

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2006年1月20日 (金)

やわらかい月

先日、仙台のSさんから「萩の月」が届きました。

「萩の月」といえば、中にカスタードクリームが入ったふわふわのまあるいお菓子です。
まさやんが「WOWOW秋の新作発表会」というライブで「やわらかい月」を歌ったとき、
「やわらかい月・・・仙台名物の『萩の月』みたいなもんを想像していただければ・・・想像すんなよ!」
と言っていたのを思い出します。

Sさんは、リョウヘイが小学生のとき2年ほどお世話になった女性で、当時、ウチのそばにある日体大の学生さんでした。

リョウヘイの障害がわかったときから、「たくさん歩かせなさい」と言われていたので、幼児の頃は私が毎日リョウヘイといっしょに2kmぐらい歩いていたのですが、リョウヘイが小学生になったとき下にモエが生まれたので、なかなか思うように散歩ができなくなって困っていました。
そんなとき、スイミングのボランティアをしてくれていたSさんが引き受けてくれたのです。

週に2回、いろいろなコースを考えてくれて、1時間半から2時間、リョウヘイといっしょに歩き、その日に気づいたことなどを毎回ノートに書いてくれました。
雨の日も風の日も連れ出してくれて、リョウヘイが雨でアスファルトが濡れていく様子にとても惹かれていることや、風で揺れている葉っぱを見るのが大好きなことなどを見て、「リョウヘイくんはとても感受性が豊かなんですね」と言ってくれました。
私がそれまで、自閉のこだわりだと思っていたことを「感受性豊か」と思えるようになったのはSさんのおかげです。

大学を卒業して、地元の仙台で体育の先生になるということで、リョウヘイとの散歩は2年で終わりとなってしまいました。
最後の日に、今までの散歩で撮った写真と、コメントなどをまとめてアルバムにしたものをくれました。
手作りのアルバムに嬉しくて涙が出ました。
それは私たちの宝物です。

あれから5年ほどの年月が流れました。

今でも毎年「萩の月」が送られてきます。
一度帰省のおみやげに買って来てくれた時に、私が「萩の月、好きなんです!」と言ったことを覚えていてくれているようです。
そして、今でも、リョウヘイのことを忘れないでいてくれるのが、本当に嬉しいのです。

リョウヘイは、周りの人に恵まれ、いろいろな人に支えられてきたなぁ・・・とあらためて思います。

それにしても・・・。

リョウヘイとも時々遊んでくれた、Sさんの彼氏は、こちらの地元の人でした。
遠距離恋愛になっちゃって、その後どうしたのかなぁ・・・。
と、「やわらかい月」をほおばりながら、オバサンはとっても気になってしまうのでした・・・・・。

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2006年1月18日 (水)

聞いてんの!?

今日は、自閉症協会の電話相談の日でした。
といっても、2ヶ月くらい前から予約して、たった30分だけの相談なんですけどね。

相談に答えてくれたのは、自閉症の本も書いていらっしゃる有名な先生だったんだけれど、やっぱり専門家って違うなぁ~と感心しちゃった。
ちょっと様子を話しただけで、「じゃ、こういうときはこうじゃない?」とか「知的レベルはこのくらいだからこういう課題がいいのでは」とか、スパスパ答えてくれるんだもん。

「もっと視覚的な手がかりを使って、人に頼らなくても自分でできるように工夫してみて下さい」と言われました。
親や先生がいないと何もできないのでは困るので、まわりが指示することはしないで、絵カードや写真を見て、自分で判断して自分で行動できるようにしよう、ということでした。
なるほど・・・まぁ自閉症対応の基本ですよね。

自閉的な子はみんなそうだと思うけど、リョウヘイも、視覚から入るものが優先で、「聞くこと」が苦手です。
すぐそばで話していても耳に入ってるんだか入ってないんだかわからない。
でもそのくせ、チョコの包み紙のカサカサという小さな音には敏感に反応したりします。
まったく~なんで人の話聞けないんだよ!・・・と思っていたのですが、自分が耳が悪くなって、リョウヘイの気持ちが少しわかったような気がしたのです。

「私のお気に入り・ドクター編」でも書いたのですが、ワタシは5~6年前から、左耳がほとんど聞こえません。
片方の耳が聞こえなくなることって、想像以上に不便です。
ワタシの左耳は「感音難聴」という種類の難聴らしいのですが、聴力検査で判明したのは、ワタシは難聴は難聴なんだけど、一方で普通の人には聞こえないはずの音が聞こえているそうなのです。

人間の耳は、いろいろな音や声を聞いていても、ごく自然に自分に必要な音や声だけを拾って聞こえるようにできています。
ざわざわしたレストランや、テレビがついている部屋でも、誰かと会話することができるのは、相手の声だけが聞こえるようになっていて、それ以外のものは自然に聞こえないように、もしくは小さな声になるようになっているのです。耳ってよくできてるよね~!
それが、今のワタシにはできない。
補聴器を使ってもあまり変わらず。いくら高度な技術をもってしても、機械は人間の耳の繊細な作りにはかなわないのです。
テレビドラマの肝心なセリフは聞き取れないのに、BGMはやたら大きな音で聞こえたり、友だちとランチしていても、友だちの話している声よりも、厨房のガチャガチャした音のほうがよく聞こえてしまったり・・・。

リョウヘイは聴力には問題なしと結果が出ているので、ワタシのように耳が悪いのではないはず。
でも、原因となっている場所は違っても、リョウヘイも、聞こえ方としてはワタシと同じような感じなんじゃないのかな~?
赤ちゃんの泣き声に耳をふさいだり、バイクの音をひどく怖がったりするのは、普通ならそれほど気にならない音がきっととてつもなく大きく、恐ろしく聞こえるのではないかと思う。
そして、親や先生の人間の声というものは、リョウヘイにとって「必要ではない」と判断されているのかも・・・。

ところで、てっちゃんが何か話していてもワタシには聞こえておらず、返事をしないで怒られることがよくあります。何か声らしきものは聞こえているんだけど、誰かのひとりごとかと思ったり、テレビの声かと思ったりで、てっちゃんを無視しているわけではないのですが・・・。
そういうとき、「ママは人の話をまったく聞いてない!」と言われると、すごく悲しいのです(まぁ、ホントに上の空のときもあるけど)。

だから、リョウヘイにも、「コラッ!聞いてんの!?」なんてことは、なるべく、言わないようにしようと思っています(ましてアタマをこづくなんてことは・・・)・・・・・・。


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2006年1月17日 (火)

またまた「ダメ出し弁当」

リョウヘイが入学予定の養護学校に、今日願書を出して来ました。

養護学校入学で一番嬉しいのは、なんといっても「給食」があること!

「お弁当事件(?)」の記事でも書いたように、以前中学の担任の先生から、「もっとボリュームのあるお弁当にして下さい」と何度も言われたので、最近は意識してカラ揚げやら焼肉やらを入れていました。
それなのに、昨日またしても、
「中3男子のお弁当にしては少ないし、もっとカロリーの高いものにして下さい。普通の中3男子はこの1.5倍のお弁当です。」
と言われてしまいました。

でも・・・ワタシ、本当にお弁当作るの苦手なんですよ~~!
3人分のお弁当をサクサクッと作っている人もいるというのに、ひとり分のお弁当を作るのに四苦八苦しているワタシ・・・。
早起きも苦手だし、お料理も苦手、何事も手早くやることがまた苦手、その上、ウチのお坊ちゃまは好き嫌いが多いんだもん・・・。
それをなんとかがんばっているのに、こう何度もダメ出しされては、凹まずにはいられないというもの。

そもそも、ホントにそんなにダメなお弁当かなぁ?
たとえば、昨日ダメ出しされたお弁当の中身は、サバの照り焼き、チーズとトマト入りオムレツ、シュウマイ、ツナときゅうりのサラダ、大学いも。
普通じゃないかなぁ?
量だって、他の男子に比べれば少ないかもしれないけど、ワタシたちのお弁当箱に比べたら大きいですよ。リョウヘイは食べるのが遅いので時間内にそんなに量が食べられないんですよ。

たぶん、先生は、ご自分の息子さんが中3のときもっとボリュームのあるお弁当を作っていたという経験があり、また、リョウヘイがひょろひょろしているということもあって、何度もおっしゃるんだと思うのです。
なので、まぁあと2ヶ月、がんばってボリューム弁当を作ることにします・・・。
そう、あと2ヶ月。4月から4年間は、お弁当作らなくていいんだ~~~!!!

しかし、もとはといえば、リョウヘイが好き嫌いなく何でもガツガツ食べる豪快なヤツだったら、ダメ出しなんて喰らわないのに。
イヤ、それ以前に「もっと肉入れてくれ!」とか、「弁当箱が小さいよ!」とか言ってくれる子だったら・・・。

・・・って、リョウヘイにそれができるのならお弁当の苦労なんてどうってことないわい!

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2005年12月16日 (金)

壮大な計画

今日はリョウヘイの授業参観で、科目は体育、マット運動でした。

リョウヘイは前転も満足にできないだろうと思っていましたが、前転も後転も、なんとかできていました。
手のつき方がやはり不十分で(手のひらをしっかりマットにつけない)、手の反動などは利用せず、ただ勢いだけで回っているような感じだけど、それでも昔に比べたらかなりの進歩です!
補助ありだけど、倒立前転なんていうのもやっていました。

その後、親子と先生方とでレクリエーションと親睦会。

トランプでババ抜きをしました。
リョウヘイに引かせる子が、リョウヘイに見えるようにカードを持ってしまうんですが、リョウヘイはちゃんとババではないカードを選んでいて、「ほぉ~ババ抜きのルールがわかってるのか」と感心しました。

親睦会では、リョウヘイが焼いたパンプキンチョコレートパイをみんなで食べましたが、これが冷凍パイシートとはいえ、サクサクとおいしくできており、またまた感心しました。

マット運動も、ババ抜きも、パイ作りも、家ではなく、学校で教えてもらったこと。
先生への不満を言ったりすることもあるけれど、やっぱり学校ってありがたいものですねぇ。

そして、教えれば、いろんなことができるようになるんだなぁ、と今さらながら感心してしまいました。

訓練会を辞めて以来、家では最低限のことしかしていなかったのだけれど、できそうなことからまたもう一度教えてみようかなぁ、今からでも全然遅くなんかないなぁ、と思いました。

どうせ教えるなら、将来親元を離れて生活するときのことを考えて、掃除、洗濯などの家事を教えたい。

というわけで、今、ワタシがこれを書いている間に、リョウヘイが洗い物をしています。

お風呂はいつもリョウヘイが洗ってお湯を張ってくれているので、これからは洗い物もアイロンかけもゴミ出しも・・・うん、家事全般やってもらおう!

・・・と、ワタシが家事をしなくて済むようにしようという、壮大な計画がスタートしたのでした・・・。

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2005年12月 2日 (金)

ひとりでできることよりも・・・

今日、所属している障害者関係の団体の会報を発送するお手伝いに行って来ました。

いっしょに行った友だちと帰りにランチをしながら話したことは、リョウヘイのような自閉症児って、

どこまでひとりでできればいいのかな?

ということ。

たとえば、今、学校で先生から毎日のように言われているのは、「リョウヘイくんはお友だちがいればその子たちを見てできるのに、その子たちがいなくてひとりになると、できることもできなくなる」ということ。
個別支援学級はリョウヘイ含め3人で、あとのふたりは2年生なので、学年行事で交流級のほうに行ってしまうと、個別級はリョウヘイひとりになるのです。
そうなると、3人のときは自分でできていたことが、できなくなるらしいのです。
ひとりになると自信がなくなるのか、何か指示されたことを、できるはずのことでも自分でやらずに、先生のほうに助けを求めるのですが、先生は、「ひとりでできるんだから」と、手を貸さない、するとリョウヘイがパニックになって先生に向かって行くという悪循環・・・。

確かに、将来、グループホームなどで自立してほしいと思ったら、ある程度のことまでは自分でできなくてはならないでしょう。
いろいろなグループホームがあると思うけれど、肢体不自由でないなら、お風呂も食事も自分の部屋で個別に・・・というところが増えているとのこと。
今のリョウヘイを考えるととても無理な話です。

でも、もし指導員なりヘルパーさんなりが介助してくれれば、話は別です。
誰かの助けを借りれば、グループホームで暮らせると思うし、そうであってほしいとも思います。

リョウヘイは、一皿に盛ったおかずに手を出すことがなかなかできません。
一人分ずつお皿に分けてあればそれを迷わず食べるけど、一皿盛りになっていると、それに手を出していいのか、またはどれくらい食べていいのか、わからないようなのです。
そういうとき、「食べていいよ」とか「もっと食べていいよ」とか「あとはパパの分だよ」とか言ってあげれば、問題ないのです。
それを、こっちがわざわざリョウヘイにわかりにくい状況にしておいて、自分で判断して食べろ、と言うのは、かわいそうかな、と思ってしまうのです。
リョウヘイがわかりにくいことや不安なことがあるのなら、「ひとりでできるはず」のことでも、ちょっと声をかけてあげるなどすれば、それで済むんじゃないのかな~(もともとわかりやすくしてあげるのが一番だけど)と・・・。

それと同じで、学校でも、2年生のふたりがいなくて、リョウヘイが不安で先生を求めるとき、先生が一声かけてあげればできるのなら、それでいいのでは?と思ってしまうのです。

甘いかなぁ~?

どちらにしても、この子たちは誰かの手助けがなければ暮らしていけないのだから・・・。
無理に「ひとりで」「自分で」と言うよりも、「人の指示を聞ける」「人の助けを借りることができる」ことができたほうがいいと思うんです。
もちろん、自分の好きなときに好きなお菓子や本などをひとりで買いに行けたらどんなにいいだろうと思うけど、それをどれだけ練習したらどこまでできるようになるのか・・・。

自閉症児に、いわゆる「普通の社会」に合わせなさい、と言うのはとても酷なこと。
それでもこの「普通の社会」で暮らす以上、ワタシがリョウヘイに対して絶対に教えなければいけないと思うのは、人に危害を与えない、人を不快にさせない、最低限のルールとマナーだけ。
その最低限のルールとマナーを教えることさえ、どれだけ大変なことか・・・・。

もちろん、それなりの努力はするけれど、無理に「ひとりでできるように」がんばるよりは、指導員なりヘルパーさんなりにかわいがってもらえる人になってほしいな。

将来いい介護者に出会えることを祈る・・・。(って賭けか?)

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2005年11月21日 (月)

彼女と会った理由

今日、リョウヘイの訓練会入会時(2歳)からのママ友だちと会いました。
ウチは去年訓練会を辞めてしまったのだけれど、その訓練会にはたまたま同じ歳の自閉的な男の子が多かったため、今は彼らの親たちでグループを作って、勉強会を開いたり、県や市に要望を出したりする団体に入って活動しています。

その友だちとも言っていたのですが、息子たちが学生でいられるのもあと3年ちょっと・・・。
すごーく焦ります!

先日の養護学校高等部の面接で、面接官の先生に、
「養護学校に期待することは何ですか?」
と聞かれて、私は、
「卒業したあと働けるように、いろいろなスキルやノウハウを親子ともに教えてほしい」
と言いました。
すると先生は、
「そうですか・・・そうすると、卒業後は働くことが希望なんですね?」
とおっしゃいました。

あ・・・当たり前じゃないか~~~!!!
リョウヘイに家でゴロゴロされてたまるか~~~!

でも、実際、高等部を卒業しても、家にいる人って多いらしいのです。
働く場所がなかったり、仕事についてもクビになってしまったり、イヤになって自分から辞めてしまったり・・・。
こういう子たちが、社会に出るということは、とても大変なことなのです・・・。

イギリスだったか北欧だったか忘れてしまったのですが、福祉の進んでいる国では、障害者のための施設や制度がしっかりしていて、障害者は働く必要がないと、何かの本に書いてありました。
ただでさえ失業率が高いのだから、住むところも食べるものも保障されている障害者が働く必要はないというのです。

でも、「働く」ということは、食べるためだけにするものではないと思います。
身体が動く人であれば、どんなに知的に重くても、働くことはできるのではないか?
また逆にそういう社会であってほしいと思う。
職場で、家庭で、地域で、その子なりの存在価値を認められてこそ、社会的に自立ができるものなんじゃないかな~。

現実はキビシイけど、がんばろうね!と、友だちと励まし合って、別れました。
例のごとく、「今日は中間テストだから個別支援級は関係ないのに午前中で帰って来ちゃうのよ・・・」と彼女は言って、慌ててお茶だけして帰りました。


・・・しかし、よくよく考えてみたら、今日彼女と会った理由というのは、子どものことじゃなくて、ワタシが協力してゲットしてあげた、彼女が大好きな浜田省吾のライブのチケットを渡すためだったっけ・・・・・(まさやんのときも協力してもらっている)。
ハハハ・・・・・・。

ま、それくらい息抜きしないと、障害児の親なんてやってられませんって!!!(自己を正当化)

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2005年11月12日 (土)

ちょっとグチっていいですか?

今日、新横浜にあるラポールに、日産スタジアムの駐車券(障害者専用の場所に駐車していいですよ、ということを証明する券)をもらいに行きました。

ラポールとは、障害者優先のスポーツ施設で、その中にある、ある団体が日産スタジアムの駐車券を発行しています。

ウチは、知的障害なので、駐車券はもらえないかと思っていたのですが、一応電話して聞いてみたら、障害名は問わないとのことだったので、今日もらいに行きました。

そうしたら、「車椅子の人優先だから、歩ける人には駐車券は出せない」と言うのです。

電話で聞く前は、私はそれが当然だと思っていました。
「出入口から近い駐車場所は歩けない人優先」というのは当たり前のことです。
だから、「歩ける人には駐車券は発行できない」と最初から言われていれば、別になんともなかったのです。

でも、私が電話で聞いたとき答えてくれた人は、確かに「障害名は問わない」と言いました。
言いたいのは、「言うことをちゃんと統一してくれ!」ということ。
このことは、リョウヘイの障害がわかって、お役所やいろいろな団体と接するようになってから、幾度となく味わったことです。
ひとつの組織の中でも、人によって言うことが全然違うのです。


それから、知的障害の大変さも、なかなか理解されていないのが現状です。

「支援費制度」が施行されたときもそうでした。
区役所に何度も足を運びました。
行くと、「でも歩けるんでしょ?」と必ず言われるのです。
そして、「支援費はもっと手がかかる人にしか出せない」と言われたのを覚えています。

ところが、ケースワーカーさんがリョウヘイの様子を見に家に来てくれて、あっさり支援費の支給が認められたのです。
なぜなら、我が家のカーテンや障子や壁紙がボロボロだったから。
リョウヘイは少しでも破けたところがあると、全部破かずにはいられないのです。
そして、することがなければ昼でも寝てしまうリョウヘイの様子を見て、「身体の大きくなった男の子がこれではいけない、ガイドヘルパーをつけましょう」と言って下さいました。
でも、これは、このケースワーカーさんが、たまたま以前自閉症の施設で働いていたことがあって、自閉症の大変さをよくわかった方だったからなのです。その方は残念ながら違う区に異動になってしまったのですが・・・。
区役所に提出する「診断書」をもらいに療育センターに行き、ドクターにこの話をしたら、
「歩けるからこそ大変なんじゃないねぇ!?役所の人は知的障害児やその家族のことは全然わかってないのね!」とおっしゃいました。

リョウヘイの訓練会に入っていた11年間で、いろいろな障害のある子どもを見てきました。
その中で、肢体不自由の子は、動けなかったり、排泄ができなかったり、ものが食べられなかったり・・・体温調節もできず、体力もないし、発作を起こして入院する子も多かったです。
車椅子を押したり車に乗せたり、抱っこしてトイレやお風呂に連れて行ったりオムツを替えたり、付き添いで看病したり・・・親御さんの体力的そして精神的苦労は並大抵のことではないと思います。命の心配があるのですから・・・。
それに比べたら知的障害の大変さなんて、比べ物にならないのかもしれません。

ただ、肢体不自由児の場合、世間の人もある程度は理解できるでしょうし、少しでも手助けしたいと思う人も少なくないと思います。

でも、知的障害、特に自閉症の大変さは、なかなか理解してもらえません。
「自閉症」という障害自体、正しく理解している人は少ないと思います。
福祉担当の役所の人でさえ・・・。


いつも周りに気を遣い、頭を下げ・・・なんで私こんなに謝ってんのかなぁ~と、ふと思うこともあります。
でも・・・一番苦しいのは、動ける我が子だからこそ、
「なんで何度教えてもこんな簡単なことができないの!?」
と、実力以上のことを求めてしまい、私自身が自己嫌悪に陥ることなのです・・・。


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2005年11月 8日 (火)

リョウヘイの留守番

今日は天気もいいし、ソニープラザでもブラブラするか(またかい)・・・と思い、駅まで出かけました。

日ごろお世話になっているお友だちにプレゼントを買ったり、低反発クッションを買おうかどうしようか悩んだり、グロスをあれこれ試したりしているうちに、おなかもすいてきて・・・

久しぶりに「ソニープラザカフェ」に入ってお昼を食べることにしました。

今日は「牛ひき肉のキーマカレー+コーヒー」のセットにしてみよう♪

200511081154000.jpg

キーマカレーは辛かったけどおいしかったです。

って、のんびり写真なんて撮っていたんだけど、突然、


思い出した!!!

今日はリョウヘイが午前中で帰って来ちゃうんだった!!!

今日は、普通級の生徒たちは、市の診断テスト(ってなに?)だかなんだかがあって、リョウヘイは関係ないのに午前中で帰って来てしまうのだった。
中学って、これがすごーーーく多いの。
お弁当の中学だからなのかな。
やれテストだからお昼前下校、やれ面談だからお昼前下校、やれ教育相談だからお昼前下校・・・。

そうなると、ワタシの一日の予定は大きく狂うのですよ!
リョウヘイが午前中で帰って来るとなると、最寄りの駅のお店にだってゆっくりしていられない。


リョウヘイは、中学に入ってから、留守番ができるようになりました。
でもそれは、ワタシが帰るまでの間、なんとかひとりでいられるという程度のものであって、もし誰か来ちゃったら・・・とか、もし地震が起きたら・・・とか考えると、ひとりで家に置いておくことは、やっぱり安心できるものではありません。
特にこれからは暖房の季節でもあるので、火の元も心配だし・・・。
それに、ひとりで鍵を開けて家に入って待っていることはできても、お昼ごはんは自分では調達できない。
まぁ、普通の子は、友だちと寄り道したり、部活や塾があったりで、帰るのも遅いのだろうし、第一家に帰って母親がいなくても、「なんだよ、オフクロのヤツ昼メシも用意しないで出かけてるのかよ・・・」とブツブツ言いながらも、自分でカップラーメン食べたり、コンビニに行って何か買ったりするのでしょう(←ワタシの想像する中3男子像♪)。
これをリョウヘイに教えないといけないなぁ・・・・・。


さて、時刻は12時42分。
キーマカレーをガーーッと掻き込んで食後のコーヒーもそこそこに慌てて帰ってみれば、リョウヘイは案の定もう帰って来ていて、いつものとおりの手順を踏んでいるところでした(鍵をリュックにしまう→リュックを所定の場所に置く→ブレザーをハンガーにかける→2階で着替える→トイレに行く→靴下を脱ぐ→手を洗う・・・これがひとつでも狂ってはいけないらしい)。

あ~あ、ワタシが帰る時間を気にせずに出かけられる日はいつ来るのかしら・・・

しかし今日はリョウヘイのことはすっかり忘れてたなぁ。
朝は、「あ~今日はお弁当作らなくていいなんて天国~♪」なんて言ってたんだけどねぇ・・・。


やっぱり最近ボケてるわ。

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2005年10月28日 (金)

文化発表会

リョウヘイの中学では、秋に、「文化祭」ではなく「文化発表会」というイベントがあり、3年生にとっては最後のビッグイベントです。
午前中は、学年別の、主に劇やミュージカルの発表、午後は、クラス対抗の合唱コンクールがあります。

去年までは、個別支援学級は独立して楽器の演奏などを発表していたのですが、今年はみんな普通級(交流級)にいっしょに参加するとのこと・・・。
特に合唱はコンクールなので、普通級の生徒たち、真剣です。
そんな中に入ってだいじょうぶかな、迷惑かけないかな、みんなが歌っている最中にリョウヘイがヘンなひとりごとをしゃべり出してみんなのハーモニーをぶち壊しにしないかな・・・などなど、今日のその日まで不安だらけでした。

でも・・・そんな心配をよそに、劇も合唱も、みんなといっしょにちゃんとできたのです。

劇は、その他大勢でしたが、みんなと動きを合わせ、楽しそうでした。

そして、合唱。
リョウヘイのいる3年1組がステージに並ぶと・・・。
オイオイ、一番前にいるよ!なんでもっと目立たない位置にしてくれないの~?
・・・と思ったのですが、なんと、みんなといっしょにちゃんと歌っていたのです。
男子と女子がハモるのですが、リョウヘイも自分の歌う男子パートがわかっているようで、ほかの男子生徒といっしょに歌っていました。
不覚にも涙が出てしまったワタシ。

残念ながら優勝は3年2組でした。
でも、すごーく感動しました。

そのあとも、ネクタイを外したいのになかなか外せないリョウヘイを見て、隣りの席の女の子が外すのを手伝ってくれていたり、席の移動をするときに後ろの席の男の子が促してくれたり・・・みんなが自然にフォローしてくれている姿を見て、また涙が・・・。

中学最後の体育大会」の記事にも書いたのですが、小さいときから奇妙な行動が多く、人とのコミュニケーションがなかなかとれないリョウヘイを見て、露骨にイヤな顔をしたり、見て見ないふりをしたりする大人がたくさんいました。
そのたびにワタシは傷ついて、リョウヘイを人前に出したくないと思った時期も正直ありました。
でも、小学校中学校を通して、リョウヘイをごく自然に受け入れ、「バリアフリー」というものを当たり前に実践してくれたのは、親でも先生でもなく、友だちのみんなでした。

それは、特別に面倒を見てくれたり世話してくれたりということではなく、リョウヘイが当たり前にそこにいるということ。
当たり前に、普通に仲間でいられたということなのです。

高校はみんなと別々になってしまうけど、残り少ない中学校生活、友だちといっしょに元気に楽しく過ごしてほしいと心から願っている母なのでした・・・。

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2005年10月17日 (月)

お弁当事件(?)

最近、リョウヘイのお弁当のことで、担任の先生とちょっとした意見の食い違いがありまして、少々凹んでいます。

リョウヘイは痩せているので、先生は、「お弁当にもっとお肉を入れて下さい」とおっしゃるのです。
一方ワタシは、日本食主義なので、どちらかというとお魚と野菜中心のおかずを入れることが多いのです。これは決してお肉は食べないとか、そういうことではなく、もちろん肉料理だって入れるし、お魚がメインのときは煮物などにお肉が入っているし、卵や大豆などのたんぱく質素材も使っています。
でも、それでももっとお肉を多くしたほうがよいとのことで・・・。

ワタシはお料理と早起きが苦手。
・・・ってことはお弁当作るのすごーーく苦手!
だから実は、お弁当の内容についての見解の違いというよりは、「お弁当作りが苦手なワタシが必死で作っているのにダメ出しするなぁ~~!!!」という気持ちが強いのでありました(^_^;)。
子どもがみんな私立の学校に行っているママ友なんて、6時半までにお弁当3人分作るなんてことをちゃんとやっているのにね~・・・。あ~あ、ワタシってダメダメママ。


ところで、ワタシが日本食主義になったのは、「粗食のすすめ(幕内秀夫著)」という本を読んだのがきっかけでした。
リョウヘイは小さい頃からアレルギー体質で、主治医のお医者さんに「食べ物は何が好き?」と聞かれて、「から揚げとかハンバーグとか焼肉とか・・・」と答えたら、「どうぞアレルギーになって下さい、っていうものばかりだね」と言われてしまって・・・。食生活を改善しないとダメかな~と思っていたときに出会った本でした。
戦後、日本の食生活の欧米化によって、日本人の「体格」は立派になったけれど、生活習慣病やアレルギーなどの病気が増え、昔に比べて子どもの骨折なども大幅に増えているとのこと。日本人は体質的に、欧米人に比べて脂肪を分解する力が弱い民族なのだそうです。だから、日本人が昔から食べてきたものを食べよう、というもの。
これを読んで、食事はできるだけ魚中心の和食にし、ぬかみそも漬けるようになったワタシ。お味噌汁も毎日飲んでます。

しかーし。もともとは、ウチの家族は全員「肉食動物」。
揚げ物やステーキやこってりした中華料理、それからお肉以外でも、ケーキやアイスクリームやチョコレートなどなど・・・どれもこれもだ~い好き!
いくらカラダにいいと言っても、お魚と野菜中心の食生活なんて、パーフェクトにできるワケがない!
まぁ結局のところ、油っぽい料理や、スナック菓子、清涼飲料水、ファーストフードや添加物などはなるべく控えよう、と意識してるだけなんですけどね・・・。


でもさ~リョウヘイが太らないのは、お肉不足よりむしろ、炭水化物不足だからじゃないかなぁ~。ごはんもパンもそばもうどんもあまり好きじゃないんだもん。パスタとラーメンくらいですね、喜んで食べるのは・・・。
スマートなのはいいけど、もうちょっと炭水化物を食べて太ってちょうだいよ。
じゃないと、まるでワタシが栄養あるもの食べさせてないみたいじゃない~!

                                                                                                                                                         

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2005年10月 6日 (木)

こらぁーーーーーーっ!!!

今日は、リョウヘイの「教育相談」がありました。これは、来年度入学を志望している養護学校の先生との面接です。

小学校高学年のころから、18年度開校の養護学校に高等部から入学したいという希望を持っていました。
地域の小中学校に入学したのは、地域で当たり前に暮らしたいという願いからですが、高校からこの新設校に入りたいから、それまでに違う養護学校に入ってしまうといろいろな意味で移りにくいだろう、という理由もありました。
来年度開校のこの養護学校は、新設校だから、なにしろ設備がいい。校舎が新しくてキレイというだけでも、すばらしいことです。先生方のモチベーションも高い気がします。

ただ、この養護学校ができるという話が出てからの数年間、考えさせられることが多くありました。これは我が子に障害があるとわかったそのときからずっと感じていることではありますが・・・。

たとえば、学校の場所や送迎について。
この養護学校は、ウチから車だったら10分もかからないところにできるのですが、ウチのほうからはバス便がありません。高校生はスクールバスに乗せてもらえないので、公共の交通機関で通うとなると、バス→電車→バスと、1時間くらいかかってしまいます。
障害児が通う学校は、それこそ○I○IかNOVAのように、駅前の便利な場所にあってほしいのですが、現実は厳しい。ほかの養護学校も、やたらヘンピなところにある学校が多いのです。
リョウヘイがひとりで通えるようになるかどうかわかりませんが、とにかく当分は親が学校まで送り迎えしなければならないでしょう。朝などは時間的に、モエの登校時間と重なってしまうから、てっちゃんにはフレックスを使ってもらって、どちらかがリョウヘイの付き添い、どちらかがモエを送り出す、と、手分けをしなければならないと思います。
なぜか、学校の送迎のためにヘルパーさんは使えない決まりになっています。
今でも、学校に「迎えに行ってもらう」ことはできないから、学校で「待ち合わせ」するのです。

障害児は学校にも行けなかった昔に比べたら、バリアフリーが当たり前になって、いろいろなサービスも使えるようになり、それはとてもありがたいこと。
それでも、いまだに行政のしくみって、使用する側のニーズにそぐわないことが多いのです。障害のある家庭で、なにに困っていて、なにを必要としているのかが、理解されていないのが現状です。
これはたぶん一生ついてまわることだから、障害者やその家族は、どんどん声を上げて、理解を求めていかなければならない、「親がやって当たり前」を変えていかなければいけないなぁ、と思います。もちろんこちらも、感謝の気持ちは忘れずに。

さてさて、今日の面接は、事実上の「入試」みたいなもの。
ワタシなんて、着慣れないジャケットを着てパンプス履いて、志望理由だってなんて言おうか考えて、気合入れて行きました。
それなのに、リョウヘイ・・・

面接中に居眠りするなぁーーーーーーっ!!!

思いっきり力が抜けてしまった面接官の先生と母でありました・・・・・・

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2005年6月15日 (水)

おかえり!

リョウヘイは無事帰って来ました。終始元気だったそうで、なにも問題なく3日間過ごせたそうです。はぁ~よかったぁ・・・。

USJでも、怖い乗り物にみんなと同じように乗り、ずっと班の子たちといっしょに行動したそうです。同じ班の子たち、リョウヘイといっしょに行動するっていうことは、つまり先生とずっといっしょなワケで、大変だっただろうなぁ・・・。ごめんね~。

リョウヘイは、お友だちを見つけるとすぐ私から離れてみんなのほうへ行こうとしたり、みんなが写真撮ってるとちゃっかりいっしょに写ろうとしたり、自分も普通にみんなの仲間のつもりなんだなぁ。そう思わせてくれてるのは、お友だちのみんなだよね。本当にありがとう。先生もずっとリョウヘイにつきっきりでいろいろと大変だったと思います。ありがとうございました。

それにしても、3日間リョウヘイがいないって、ハッキリ言って超・ラク!「私って普段、常にリョウヘイのことがアタマから離れていないんだなぁ~」と改めて感じました。ふとしたときにハッとして、「・・あぁ、そうだ・・・いいんだ、今日リョウヘイいないんだった・・・」と、3日間で何度思ったことか・・・。歯みがきもチェックしなくていいし、指に薬つけてあげなくていいし、ヘンな独り言も聞かなくていいし~!天国だ~!

・・・でも・・・。

やっぱり、晩ごはんいっしょに食べながら顔見てたら、なんだかホッとして、うれしかった。母親ってそんなもんなのかな。






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2005年6月 7日 (火)

溢れた水

たいした原因があったわけではないのに、ちょっとしたはずみで、泣けてしまうことってありませんか?

私は、まさしく今日、そうでした。すでにコップの99.9分目まで水がたまっていて、何もなければそのまま蒸発していくのだろうけど、ちょっとしたはずみで・・・たとえばちょっとつまづいてしまったとか、電車に一歩違いで乗り遅れてしまったとか、サンダルのかかとを傷つけてしまったとか、そんなつまらないことがきっかけで・・・一気にコップから水が溢れてしまうような、そんな感じです。

リョウヘイの障害は、今に始まったことではないけれど、そのことに関してやはり知らない間にコップに水がたまっていることがあります。

障害児の親は、常に周囲に、あやまったり、気を遣ったりしながら暮らしています。確かに、まわりに迷惑をかけているのに「障害があるんだからしかたない、それが当たり前」と思っている親もいることも事実。でも、多くの障害児の親は、いつも小さくなって暮らしています。そして、そうやってまわりに気を遣いながら、一方で、自分の子どもを卑下したくない、誇りを持ちたいと思っています。

人としてやってはいけないことは、障害があろうとなかろうと、やってはいけない、これは当たり前のことだから、本人がわからなくても、一生懸命教えてきました。むしろ、普通の子より厳しくしつけてきたつもり。どうしてそれがいけないことなのかわからない子を、叱らなければならないつらさや不憫さ、こんな気持ちがほかの人にわかるわけがないし、わかってほしいとも思っていないんだけど・・・。

そして、私はできた人間ではないから、気を遣って疲れたときや、誰にもわかってもらえないと感じたときに、自分の感情を子どもに見せてしまって、自己嫌悪に陥っちゃうのです。いつの時も、子どもが何か問題を起こしたときに一番つらいのは、その子が起こした問題そのものではなく、それに対して適切な対応ができない自分自身・・・。いまだにちょっとしたことでショックを受けたり、凹んだり、子どもに当たってしまって、あとで激しく後悔する、その繰り返し・・・。

そのとき、いつも頭をよぎるのは、

「一番大変なのは私ではなく、この子なのに」とか、「こういう障害を持った子に産んでしまったのは私なのに」・・・

この思考に陥ってしまうと、なかなか抜け出すことができなくなります。普段は、周囲の人々に恵まれた私たちってしあわせ、と思っているのですが、このようなときは、気持ちがいっぱいいっぱいになってしまって、ほんのささいなことで、コップから水が溢れてしまうのです。

・・・でも。明日には元気になっていたい。私が元気がないとき、一番に気がつくのはリョウヘイで、とても心配するから・・・だから早く元気にならなくちゃ。明日の今頃は、サッカーを観ながら大騒ぎしているかな・・・。

とにかく、どんなに問題を起こしても、その子を可愛いと思う気持ち、大事だと思う気持ち、これだけは忘れないでいよう、と、心に誓うのです。






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2005年5月24日 (火)

中学最後の体育大会

今日はリョウヘイの、中学最後の体育大会。

リョウヘイは、大胆にも、リレーとムカデ競争に出るとのことで、ドキドキしながら見に行きました。

お友達に迷惑かけるんじゃないかと心配していたのだけど、そんなこと考えていた私がバカみたいでした。確かにリョウヘイがいたチームが負けちゃったんだけど、みんな、リョウヘイのせいでうまく進めないことさえも楽しむように、盛り上がっていて・・・。誰に言われたわけでもないだろうに、リョウヘイの足の紐をほどいてくれたり、入場のときリョウヘイの背中を支えて走ってくれたり・・・。毎年のことだけど、見ていて涙が出そうになってしまいました。

小さいころから、奇妙な行動が多かったリョウヘイ。バスで隣りに座った女の人が露骨に席を変えたり、お医者さんの待合室で、どこかのおじいさんに「しつけがなってない!」って怒られたり、リョウヘイのことを「見ちゃダメよ!」とお母さんがこどもに言っていたり・・・。何度も泣きました。

でも、こと学校のお友達に関して言えば、小学校でも中学校でも、本当に恵まれていたと思います。いじめられることがなかったのはもちろん、リョウヘイに対して腫れ物にさわるみたいに気を遣ったり、必要以上に面倒を見てくれたり、というのではなく、ただただ、当たり前にいっしょにいてくれた、自然に受け入れてくれた。そのことが本当にどれだけうれしかったことか・・・。

こちらが、“迷惑をかけるからもう交流しなくてもいい”と思っていても、どんなときもみんなのほうで、「なんでリョウちゃんいっしょじゃないの?」と言ってくれたし、リョウヘイのほうも、みんなといっしょが当たり前で、別々になると「なんで?」と思っているみたい・・・。

リョウヘイはお友達が大好きなんだ。自分も同じ仲間だと思っているんだ。最近しみじみそう感じています。

そして、私も、そんなお友達とお母さん方のおかげで、こうして明るく過ごすことができています。本当に感謝の気持ちでいっぱい。私が、「感謝」という気持ちが持てたのは、たぶんリョウヘイが障害児だったからだと思います。

中学生活もあとわずかだけれど、少しでも、みんなといっしょに楽しく過ごしてほしい・・・。私の心からの願いです。





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2005年5月14日 (土)

地域との交流

今日は地域のケアプラザで交流会があるとのことで、先生が声をかけて下さり、リョウヘイと私が参加しました。

みんなでおにぎりと豚汁を作って食べながら、これからの地域での交流について意見の交換などがあり、各自自己紹介をしました。お年寄りや障害者、ヘルパーさんやケアマネのみなさん、ボランティアやお手伝いの人たち、総勢50名くらいいたかな?

リョウヘイはその奇妙な行動がウケて(?)、かわいがってもらいました。お料理を作るのも好きだから、楽しそうでした。豚汁は訓練会でよく作っていたしね。

地域で認知され、理解してもらうことはとても大事なこと。このような試みはいいことだと思うので、今後も続いていったらいいな、と思います。特に長期の休みのときなどにやっていただけるとありがたいんだけど。

ケアプラザにベンチがほしいとのことだったので、今度リョウヘイが作ることに。少しでも地域の役に立ってくれるといいな。

ところで!テリーは山東戦で、むこうの選手に顔を殴打されたらしい!テリーの美しい顔を殴るなんて一番やってはいけないことじゃないのさ!!!(怒)  絶対に許さないんだから!!!来年を見てろよ~・・・!

テリー、どうなるのかな・・・。もし契約どおりだったらリーグ戦は明日で最後・・・?

明日のレッズ戦。山瀬を削るとか言ってるヤツをギャフンと言わせてやる~(って死語?)!

いろんな意味で、明日は絶対絶対勝ってほしい!がんばれ!Fマリノス!





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2005年5月10日 (火)

今ドキの修学旅行って。

今日はリョウヘイの学年懇談会があり、中学へ。

修学旅行の説明があったんだけど、今ドキの修学旅行って、私たちのときとは全然違うんだね~!

服も制服じゃなくて私服、泊まるところも旅館じゃなくてホテルのツインルーム、USJに行き、晩ごはんもグループごとで外食、おこづかいも13000円!昔は、制服着てゾロゾロ歩いてるから修学旅行かぁ、ってわかったのに、これじゃゲーセンとか入っても全然わからないじゃない。旅館の大部屋で枕投げとかもしないのかな~?←古すぎ?

まぁ、みんなでゾロゾロとお寺めぐりしたって、おもしろくはないけどね・・・。やっぱり時代なのね。あやのママとふたりで、口あんぐり、って感じでした。





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